20
戸棚から使い込まれた、ぽってりと厚みのある透明のグラスを一つ。
そして、自分用の薄い紫の切子のロックグラス。
2つのグラスと土産で持って帰ってきたトウカ国の酒を持って、ブッドレアは書斎に移動した。
書斎の大きな机にグラスを置いて、トクトクと酒を注ぐ。
煌々と瞬く星空を窓から眺めていると、菫の様子を見に行っていたエドワードが部屋に入ってきた。何も言わずに透明の方のグラスを渡す。
カチン。
「ただいま」
「おかえり」
自分のグラスをエドワードのグラスと小さく合わせ短く言葉を交わすと、ぐっとグラスの酒を呷った。
ブッドレアは、旅先から戻ると必ずこうしてエドワードと酒を酌み交わす。
そうして、ようやく『家に帰った』と思うのだ。
「で?どうするんだ?」
「どうするとは?」
ブッドレアの問いに涼しい顔で、くいくいと杯を空けながらすっとぼけるエドワード。
「彼女、菫ちゃんって言ったか?彼女だよ。彼女と一緒にいて、えらく居心地がいいみたいじゃないか」
人付き合いが、特に女性が苦手なエドワードが、彼女にかなり気を許しているのが今日一日見ていただけでもよくわかった。
別に『熱い視線を交わしている』というわけでは、決してない。
ただ、気がつくと自然と寄り添っているのだ。『2人でいる事が当たり前だ』というように。
「菫ちゃんが帰る方法がみつかったら、帰しちまうのか?」
「・・・菫がそう望むのなら・・・」
おそらく、エドワードも自身で気がついているだろう。菫に対して抱えている暖かい感情に。
だから菫の『帰りたい』という望みをかなえようとして判断を誤らないように、エドワードが後悔しないように、ブッドレアは忠告する。
「・・・エド。方法が見つかっても、見つからなくても、タイミングを間違えるなよ。でないと、大切なものをつかみ損ねるぜ」
「わかった。どうなるかはわからんが、心に留めておこう」
友人の心からの忠告をエドワードはありがたく心に刻んだ。
星明かりの下飲む酒は、少し苦く感じた。
案外、男性陣営が真面目に話している一方、女性陣は、
「ロサはん。まだ、起きてはる?ちょっとお邪魔してえぇ?」
菫は、エドワードが調合してくれたハーブティを持ってロサの部屋を訪ねていた。
「どうぞ。入って」
ドアを開けて菫を招き入れる。
小さい身体でポットとカップを載せたトレーを持ってよろよろしているのを見て、ロサがトレーを受け取った。
「おおきに。ちょっと聞きたい事があって・・・」
こぽこぽこぽ。
ポットからハーブティをカップにそそぐと、優しい香りが部屋に満ちる。
「何かしら?」
「今日のお好み焼きどうやった?口に合った?」
「お好み焼きね!あんなの初めて食べたけど、美味しかったわよ!」
「よかった。ほんならこの家に居てはる間、ウチが作った料理が美味しかったかどうか、感想聞かせてくれへん?」
「それはかまわないけど・・・。どうして?」
「・・・もし、元の世界に帰れへんかった場合、こっちの世界で自活できる方法も考えんとアカンと思って。ウチが一番得意な料理で何かできひんかなぁって。例えば、こっちの人の口に合うなら、ソースとか作って流通させるとか・・・」
―――ふぅん。エドワードさんに養ってもらうとか、そっちの方向に考えは向かないのね。エドワードさんはそっちの方向の方が、全然、全く、これっぽっちも異論はなさそうなのに。
でもこのままの方が、美味しいものも食べれそうだし、しばらくはこのままでいいわよね!―――
艶やかに微笑みながらロサは言う。
「まぁ、それなら喜んで協力させてもらうわ!でも、何かを流通させるっていうなら、今の菫の状態もなかなかいいと思うんだけど・・・」
「今のウチの状態って?」
「動く、可愛い、ぬいぐるみ」
「あぁ、なるほど。ウチの元の世界でも人形やらぬいぐるみやらが、動いたりしゃべったりしてるのがあったわ」
「やっぱり!じゃぁ、流行る可能性もあるわね!」
「こっちの世界の人のニーズがどうなんかは、わからんけど・・・・」
と、女性陣営は商売の話で盛り上がっていた。
何やら色々、色々と錯綜しているが、こうして各々の夜は更けていった。




