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そこには、小さな泉があった。
泉からは、清らかな水とともに濃厚な魔力が湧き出ていた。
その魔力は、泉の側にいるだけで傷つき、疲労した身体を癒してくれるものだった。
自然と泉の周りには、傷を負った様々な生き物が集ったが、何かの契約が働いているかのようにその泉の周りでは決して争う事はなかった。
まれにその泉の水面には薄く靄がかかる。
その靄には、目にも鮮やかな赤い花を咲かせた木や、優しい薄い桃色の花を降るように咲かせた木、青々とした緑が美しい木々、たわわな果実を懐に抱く木、そんな様々な様相を気まぐれに映し出す。
そんな光景を見れるのは身体を癒しにきた生き物達と、泉からすこし離れた場所にある一軒家に住む住人だけだった。
コツコツコツ。
真っ白な鳥が森の中にポツンとある一軒の家の軒先にある止まり木に華麗に着地して、その小さな嘴で懸命に大きな窓をノックする。
その家の内には窓のすぐそばに幅広の書斎机があり、一人の男が眉間に皺をよせながら書類をめくっていた。
顔をあげればすぐにその鳥が目にはいる位置に座っているにも関わらず、その男は全く気がつかない。
ココココココッ。
さっきよりスピードと強度が増した、嘴ノックの音にようやく男が訝しげに顔をあげた。
「ああ『フジ』か。すまん。気がつかなかった」
その男、エドワード・ゴーチャーは椅子から立ち上がり、ひょいっと伝書鳥用の小さな窓を開け、白い使い魔鳥『フジ』を家の中に招き入れた。
クルクルクルクルクルゥ。
すぐさまフジが部屋に入り、不満そうに声を上げながら首にくくりつけていた唐草模様の風呂敷に包まれた小さな荷物を机に落とす。
「悪かった。ほら、これをやろう」
机の引き出しから木の実の入った瓶を取り出し、大きな手のひらに数粒のせてフジに差し出す。その一方で、小さな風呂敷包みを広げると、ぽんっという音とともに手紙と2歳くらいの幼児の大きさの可愛らしいピンクのうさぎのぬいぐるみがでてきた。
ぴょこん、と上にまっすぐのびた二本の耳。二足歩行ができる、ぽてんとした身体。黒々とした真ん丸い目。ご丁寧にも、ふりっふりの白いワンピースまで着ている。
「・・・何だ。コレは」
添えられた手紙を開けると、勢いよく男の声が飛び出してきた。
『よぉ!エド!相変わらず研究ばっかりしてんだろ?研究に没頭してないで、ちゃんとメシは食えよ。その無駄にでかい身体と筋肉はちゃんと維持管理しないとダレるぞー!
俺は今、トウカ国に来てる。ココの術式は面白いぞ!一度おまえも訪れるといい。いい刺激になるだろうよ。で、この国でちょっとした捕り物に関わっちまってな。捕まえた【魔女】が持っていた【呪い】がちょっとやっかいなんだ。どうも、いろんな国の術式を組み合わせた複雑な術式みたいでな、そうそう簡単に解除できそうにないんだ。
一番やっかいな【衰弱の呪い】は、幸いにも馴染み深いヨクカ国の術式だったんで解除できだんだが、ちょっと他の呪いが強力でな。ヘタに触るとこのウサちゃんに封印されそうなんだわ。滅多な場所には置いておけねーし。お前んトコの研究室なら人もほとんどに来ないだろ?ソッチで保管しといてくれよ!ついでに呪いの解除もしといてくれたら助かる。このまま置いておくと物騒だからな。そのうち土産もって邪魔するからさ!頼んだぞー。』
軽い調子の男の声が終わると、手紙には署名だけがのこされていた。
『ブッドレア・ダウディー』
エドワードは、いつまでたっても自由奔放な友人の声にため息をつく。
「ブッドレア・・・。お前は・・・。トウカ国だと?片道1ヶ月はかかるじゃないか。しかし、このウサギ・・・。む。この術式は、シッカ国か?」
文句を言いながらも、エドワードはウサギのぬいぐるみにかかっている初めて見る術式の解析に夢中になる。
クルルゥ。
本格的に解析しようと分析の術式を展開しようとしたその手に、フジの嘴攻撃がつきささる。
「フジ。痛い。わかった。わかったから、つつくな」
術式で縮小軽量化したとはいえ、荷物を背負って長い道のりを飛んできたフジに、報酬である魔力を練り上げて与える。
「ご苦労だったな。ほら、泉で休んでこい」
そう言ってエドワードはフジを外に放ってやる。真っ青な空に白い鳥が飛び立っていく。エドワードの勧めた通りにすぐ近くにある泉で羽を休めに行くのだろう。
「たしか、この術式は下の研究室に資料があったはずだが・・・」
エドワードは、とりあえずウサギのぬいぐるみはそのままにして、資料をとりに地下にある研究室に降りて行った。




