16
さわさわさわさわ。
朝、菫が目覚めると細やかな音と共に雨が降っていた。
一面、霧が立ち込めた様な雨、霧雨が。
キッチンの窓から、雨に濡れてしっとりした佇まいが見える。
寝過ごした事もあって、今日はエドワードの薬草園の手伝いをパスして、朝食の準備にとりかかった。
―――――薄力粉と水を1:1で合わせ、とろ~んとした固さにする。
流石に、パンもパスタも飽きてきたわ。
―――――フライパンに生地を入れて焼き色がついたらひっくり返して、ハムとチーズをのせる。
・・・お好み焼き作ろっかなぁ。エドはんソース系、大丈夫やろか?
―――――反対面も焼き色がついたらレタスの乗せて、半分に折って完成!
今度、聞いてみよっと。
「さ!召し上がれ!ブリトー!!」
朝食時に、エドワードがいきなり宣言した。
「そうだ、菫。今日は、これから出かけるぞ」
「え?今日?雨降ってんのに?」
菫は思わず外を確認して言った。
「ん?たいしてキツイ雨じゃないからな。出かける用意ができたら声をかけてくれ」
エドワードは、悪戯をたくらんでいそうな笑顔で言う。
―――な、何あのやんちゃそうな顔。何たくらんではるんやろ?―――
少し慄きながらも菫は、後片付けをさっさとすませた。
「雨が降ってるからな」
そう言ってエドワードは菫を右腕に抱きかかえ
「術式【遮水】」
術式を発動させた。
しゅるしゅる、と文字や数式がエドワードと菫の周りを一回転して消えた。
「さて、行くぞ」
菫が初めてまともに見た術式に驚いて目を丸くしていたが、エドワードは全く気にせずにドアを開けて外に出る。何も手にもたず、菫を抱きかかえただけで。
―――え?傘も何も無し?濡れ・・・てへん?―――
不思議に思った菫は、ずんずんと歩いていくエドワードを見上げた。
するとエドワード身体に触れそうになると、雨が弾かれてつっーと滑って行くのだ。
まるで、透明な球体が身体の周りを覆っているかのように。
「すごい。すごい!何コレ。面白い!」
腕の中から歓声が上がり、エドワードは菫を見下ろした。
興奮しているのだろう、両耳がぴこぴこ動いているし、目がキラキラしている気がする。
「何かお気に召すものでも?」
何がそんなに気に入ったのだろう?とエドワードは問いかけてみる。
「エドはん!すごいなコレ!傘いらずやん!
それに、雨が降ってくる様がよぉ見える!何や楽しいわ」
首を真上に上げて(両耳がエドワードの胸にあたって、くしゃっとなっているが気にしていない)雨の降ってくる様を見て喜んでいる。
正直、エドワードにとっては雨の時にいつも使っている術であったし、『傘とは何だ?』という疑問もあったが、菫の楽しげな雰囲気を壊したくなかったので
「そうか。それはよかった」
と言うに留めた。
空から水が滴ってきては、手前で弾かれ周りをすべり落ちていく。
頭上付近では、小さな水達が溜まり、大きな水滴となる。
その水滴を通して周りを見ると、ゆらりゆらりと木々が歪んで見えて、いつもとは違う風景に思わず見とれてしまう。見方を変えるとこんなに違って見えるのか、と。
そんな風景を飽きることなく菫は見て楽しんだ。
―――別に特別な事をしているわけやないのに、エドはんと歩いてるだけやのに、すごい楽しい―――
そう思いながら。
だからエドワードが、すたこら1時間程歩いて目的地に着いた時にようやっと
「菫、着いたぞ」
「へ?ドコに?」
今日の目的地を聞きそびれていた事を思い出したのだった。