14
「菫、おいで」
二人でサンドイッチを食べた後、泉を見入る菫をエドワードは倒木に座って呼んだ。
近づいてきた菫をひょいと、抱き上げて膝の上に座らせる。
「静かに泉を見ててご覧。今日は条件がいいから見れるかもしれない」
正面には、きらきらと光を乱反射している泉。
―――何が見れるんやろ?―――
好奇心を刺激され、菫はおとなしく待った。
ゆらり。
泉の水面が揺れると、薄く靄がかかり始めた。
それはゆっくりと広がっていき、その中に何かが見え始めた。
よく見ようと菫は思わず身を乗り出してしまい、転げ落ちそうになる。
が、予想していたかの様に、エドワードがしっかりと菫を抱えなおした。
その間にも靄はゆらりと広がり・・・二人の眼前に荒涼とした砂漠をうつし出した。
水平線まで続く砂漠。砂以外に何も見当たらない。
風にあおられて砂が舞い、流麗な風紋が広大な砂漠の表面に描かれていく。
熱く、熱せられた風が吹いてきそうだ。
ゆらり。
水面が揺れ、その光景は瞬く間に消えていってしまった。
「・・・何やったん、今の・・・」
呆然と菫がつぶやいた。
「晴れている事。風が凪いでいる事。陽が中天にある事。
他にも色々条件はあるのだろうが、俺が知っている限りでは最低この3つの条件が揃った時に現れる現象だ。
もともとこの泉には、濃厚な魔力が常に湧き出ている。
おそらく・・・推測でしかないが、菫のいた異世界にも魔力・・・いや、魔力という概念がなかったな。濃厚なエネルギーが湧き出ている、同じような場所があるんじゃないかと思う」
「ということは、この場所とウチのいた世界と繋がってるかもしれんって事?」
「・・・そうとも言いがたい。さっき見た光景は、菫が居た場所にあったものか?」
「近くにはあんな砂漠は無かったわ」
「現れる光景もいつも同じものでは無いんだ。緑があふれる場所だったり、廃墟だったり、空の中だった時もある。菫から異世界の話を聞いたとき、この泉が接点ではないかと思ったんだが・・・」
「当らずといえども遠からず・・・ってところ?」
「すまん。俺が異世界について、知識があればこんなに菫を不安にさせる事もなかった」
そう言って、エドワードがうなだれてしまった。
―――え?そんなんエドはんが悪いんちゃうし!だから、しょぼ~んとせんといて~。
何かクマさんが、でっかい身体で項垂れてるみたいで・・・ちょっと可愛いやん。はっ!コレが噂に聞く『ギャップ萌え』?・・・なかなかえぇかも・・・―――
・・・ただ今、思考が暴走中ですのでしばらくお待ち下さい・・・
「エ、エドはん。そんなん気にせんといて?ウチ、そんなに不安ちゃうし。
エドはんもフジはんも側にいてくれるし、大丈夫!」
先ほど興奮の名残で、ちょっと声が震えているのはご愛嬌。
「だが今朝はフジの事を説明した後でも、元気がなかっただろう?
だから、不安にさせているのかと・・・」
「え?今朝?・・・あ~、今朝、ね・・・」
何やら明々後日の方向を向いて、両耳をぴくぴくさせている。
「・・・怒らんといてな?じつは、昨日の夢に・・・白いご飯が出てきてん。ほんで、白いご飯が食べたいなぁって思ったら、何や切なくなってしもて・・・。
食い意地がはってて、ホンマごめんなさいぃぃぃぃ」
へにょ~ん。
菫の両耳がぺたこんと、おじぎをしている。
「・・・しろいごはん・・・。ぶっ、くくくくくく。・・・いや、それならいいんだ。くくくく」
「だって、しゃぁないやん。こっち来てからパンやらパスタやらでお米食べてへんねんもん!」
「じゃあ、今度その『お米』を探そう。俺は食べた事がないからな。
・・・ああ、向こうの木にフジがいたぞ。フジ!帰るぞ。お前の好きな木の実も持ってきたから・・・」
バサバサバサ~。
即座にフジが飛んできて、エドワードの手のひらに乗せた木の実をつつく。
「フジはんって、ホンマ食べるの好きやな~」
「菫も負けてないと思うぞ・・・くくくく」
「むぅぅぅぅ~」
エドワードは吹っ切れたかの様に、菫はむくれて、フジはご機嫌で、家に戻っていった。
今朝のしょんぼりした雰囲気は、どこにも残っていなかった。
自覚はあった。『心配をかけてしまった』という自覚は。
この『小さなピクニック』も自分を元気付けようと、誘ってくれはったのもわかった。
だから言えへんかった。
『家族揃って白いご飯を食べた夢を見たから、切のおなった』なんて。
あんなに優しい人を哀しませる事なんてできひん。
あの人を哀しませる、そう思っただけでこんなに胸が痛くなるなんて・・・。
深く考えん方がええ。
・・・今は、まだ。
望郷の想い、それは白いごはん~編、しゅ~りょ~。