13
その日は、朝から菫の様子が違っていた。
いつもの様に裏の薬草園の手入れをしてからエドワードが家に入ると、菫が朝食の支度をしてくれている。
だがその小さな身体からは、いつものはじける様な、楽しげな明るい気配がなりをひそめていた。
だから考えるよりも先に、思わず声をかけてしまった。
「菫、どうかしたのか?体調でも悪いのか?何かあったのか?」
と。今までの自分なら、もっと冷静に論理的に考えていたはずだ。
元の身体に体調の変化はみられないのだから、今のぬいぐるみに何ら影響が出るないはずが無い、と。
なのに咄嗟に口からでたのは、おろおろと心配する言葉ばかり。
ちんまりした背中がなんだかしょぼ~んとしていて、気が急いていたのかもしれない。
・・・たぶん。きっと。
「エドはん。どうしよう、どないしたらええ?」
菫は、泣きそうな声で答えた。
やはり何かあったのか、とエドワードの眉間にしわが寄る。
「フジはんが、フジはんが・・・ご飯を食べてくれはらへん~。
ウチが持ってきてた食パン無くなったし、昨日トウはんが新しいパン持ってきてくれはったし、
新しいパンをあげようとしたら、ぷいって出て行ってしまわはってん~」
がくーっっっ。
泣き出さんばかりの菫の声色に、緊張を募らせていたエドワードは一気に脱力してしまった。
「・・・菫、フジは【使い魔】の契約をしているから、本来食べなくてもいいんだ」
「え?ホンマに?」
「あ~、すまん。こちらでは常識だったから、説明していなかったな・・・。
【使い魔】の契約をしたら基本は契約者が己の魔力を【使い魔】に与え、その魔力と通じて【使い魔】と意思の疎通をはかる。
一方【使い魔】は、その魔力で食べ物を摂取しなくてもいいようになるんだ」
「でも、フジはん、木の実やら、食パンやら食べてはったけど?」
「フジのは、ただ食い意地が張ってるだけだ。主に似て」
「・・・そうなんや。それなら、よかったわ・・・」
問題が解決したはずなのに、菫の声に明るさは戻らない。
―――他にも何か気にかかる事でもあるんだろうか?
ガシガシ、と明るい茶色の髪をかきながら、エドワードはキッチンから窓の外を見やった。
「菫、今朝は何を作ってるんだ?」
「サンドイッチ」
窓の外は快晴だ。
「・・・条件もいいし、外で食べないか?すぐそこに泉がある。その側で」
おそらく出ていったという、フジも泉の側に居るだろう。
―――少しでも、菫の気分が浮上すればいいのだが。
そう思って、エドワードは人生で初めて『小さなピクニック』に女性を誘ってみた。
今は、ぬいぐるみだが。
―――――きゅうりを薄切りにして、塩をふる。卵に塩コショウをして、薄いオムレツを焼く。トマトもスライス。
ちょっとだけ砂糖を入れて、甘めのオムレツにしても美味しい。
―――――パンの片面にバター、マヨネーズ、マスタードを塗って。きゅうりの水気を軽くふく。
食パン無くなってしもたし、自分で焼こうかなぁ。コッチのパンはハード系ばっかりやし。
―――――パン+きゅうり+パンで完成!
―――――パン+トマト+パンで完成!(←水っぽくならない内にすばやく食べるべし!)
―――――パン+オムレツ+ケチャップトッピング+パンで完成!
「さ!召し上がれ!だけだけ、サンドイッチ!!」
菫がパタパタと駆けて行って、エドワードの書斎から木の実の入った瓶を大事そうに抱えて来る。
そんな菫を右手に。
サンドイッチと珈琲を入れた大きめの籠を左手に抱え、エドワードは家を出た。
少しだけ甘い卵焼き、結構好き~。