9羽
「うおおおおおおおお!やるぞおおおおおお!」
どどどどど!
自分の意思など関係なしに魔王となった私のために、物凄く高い士気で五人一丸となって洞窟を駆けていこうとする悪魔さんたち。
って、別にバリエールさんと闘ってほしいわけじゃなーい!
止めなければ!
「ちょ、ちょっとあくまさんたち、まっ、まっ…ぜぇぜぇ…。」
私は悪魔さんたちを追いかけるために駆け出して、速攻で息切れした。仕方ないのだ。私は暇なときは一日中家の中で本を読んで過ごす、生粋のインドア派なのだ…。しかも最近はクオンさまとレナスさまが遊びに来ないのをいいことに、家の中にこもりっきりで一層体力がおちていた。
「どうされましたか?ご主人様。」
「…。」
私はうしろからお盆をもったメイド姿で現れたルシアさん。思わず冷たい目で見てしまう。どうしようもなく似合っているが、この人は男である。
「ルシアさんも悪魔さんたちを止めてください。このままじゃバリエールさんたちが大変なことになっちゃいます!」
桁違いに強い英雄たちには問題ないレベルの悪魔でも、その実態は伝承に伝わるほどの高位のものたち。そんな悪魔たちに襲いかかられたら、バリエールさんたちはひとたまりもない。
「大丈夫です。彼らは直接戦闘することはできません。クオンさまとレナスさまに命を見逃してもらうときそう誓い、特殊な封印をかけられたのです。」
「え、じゃあ、どうするつもりなの。」
戦闘にはならないのは一安心だが、じゃあ彼らはなんのために出ていったのだろう。
「とりあえず司令室にお戻りください。」
「司令室って…。」
私は別に司令しようと思ってるわけじゃない。と思いながらも、今更悪魔さんたちに追いつけるはずもなくて、ルシアさん談「司令室」とやらに戻る。
戻った部屋には、魔法で投影された映像に五つの部屋が写されていた。その部屋のひとつにバリエールさんたちが入ってくるのが見えた。
そしてバリエールさんが部屋に踏み込んだと同時に扉が閉まり、大きな魔力を秘めた死者が出現する。骨と化した体に不似合いな豪奢な衣装をまとった悪魔は、自らの魔力により宙に浮かび、入ってきた貴族の少女たちを光のない眼窩で見下ろすと、皮膚のない口を開く。
「ようこそ、貴族のお嬢さんたち。この部屋ではこの私、リッチロードが相手をさせていただく」
死そのものの姿をしたその姿に、気丈な令嬢たちも少し後ずさるのが見えた。
「なに、恐れることはありません。今宵の勝負は、腕力や魔力などという野蛮なものじゃない」
そこで死せる賢者は一度言葉を止め、手を床へとかざす。紫の禍々しい魔法陣が展開され、そこからひとつの物体が出現する。
「知恵、ただそれだけが今日の勝負を決するのですよ」
骨と歯だけの口が不気味に笑いを浮かべる。
「あれは…ちぇす…?」
それを見たひとりの令嬢が呟た。
そう、リッチロードが召喚したのはチェス盤だった。ただし色は黒と白ではない。赤と白…。血と骨の色。
「さあ、勝負の相手はどのお嬢さんかな?」
リッチロードはそれを魔力により自分と令嬢たちの間に浮かべ、余裕の表情で令嬢たちを見る。
「どうしよう…。私、チェスなんてやったことありませんは…」
バリエールは困った顔でつぶやいた。チェスは基本的に男性がやるもので、それが貴族の少女たちの間の常識だった。やったことがある娘でも、年に1、2回程度。
ルールすらおぼろげな状態では、勝ち目は薄い。他の少女たちも、戸惑うように顔を見合わせあう。
「わ、私がやります」
その中で進み出てきたのは、少女たちの後ろにいてあまり目立たなかった、この令嬢たちの集まりにしては少し地味な少女だった。
「ルフィナ!?大丈夫なの?」
バリエール嬢の驚いた顔に、少女、ルフィナは少し緊張した顔で頷く。
「ええ…、毎週兄に相手をさせられていましたから…。ルールはわかります。たぶん、あたしがやるのが一番ましなんだと思います…」
緊張に震える声で、でもそう言い切ったルフィナに、バリエールも真剣な顔で頷く。
「お願いするわ」
「はい」
そうして進み出てきた少女に、リッチロードは笑った。
「君が私の相手か。よかろう、骨の賢者と呼ばれた私の深遠なる知恵を見せてやろう」
骨の王と、貴族の少女、二人の知恵を試す勝負がはじまった。
1分後。
「よわっ」
席に座った少女が、呆れた声で呟いた。
「なぜだぁあああ。なぜ勝てないいいいい。昨日だって24時間練習したのに…。毎日、チェスの勉強をしているのに。何故、私はいつもチェスで勝てないのだあああ」
空洞になった眼窩から、滝のように涙を流し、チェス盤の真上で首を傾け泣き叫ぶリッチロードさん…。
チェス盤の上では、全ての駒を取られた上に、ポーンによりチェックメイトされたリッチロードさんのキングがあった…。
「もう、ここまでくると才能が無いとしかいいようがありませんわ…。それも致命的に…。私の三歳の弟ですら勝てそうよ…」
バリエール嬢が口元を抑え、半ば同情するように呟く。
「あ、扉が開きました。行きましょうか」
「ええ、そうね…」
敗者にかける言葉はない。
バリエールさんたちは、さめざめと泣きだしたリッチロードさんを置いて、部屋を出て行った。
お久しぶりです。はずみをつけるため、短めですが更新したいと思います。