8羽
「前回までのあらすじ。
お茶会、それは貴族に生まれた女たちの闘技場。
優雅に揺れる白いテーブルクロスの下、飛び散るのは互いの赤い血しぶき。小鳥のような声で交わされるのは、研ぎ澄まされた言葉の剣。
そこに託されるのは、貴族にとって命より重い名誉。
世界で最も絢爛なる舞台で行われる、高貴なる女たちの知略、策謀、権力、全てを尽くす、苛烈で華やかなる戦い。
その戦いの果てに待つのは、栄光か、もしくは失墜か。
天に近しき国と呼ばれるこのアマテリア。そこでも今、激しい戦いが行われている。
運命の舞台に選ばれたのは、美しき花が咲き誇る王城の庭園。争うは深遠なる闇の噂に包まれた謎の女、黒髪の女狐、対するはこの国でも有数の権力を持つ貴族の令嬢たち。
先手を取った令嬢たちは、贈り物というなの毒を仕込んだ剣を女狐へと振りかざした。しかし、なんということだろう。しかし女狐はいとも簡単にそれを跳ね返し、刃は令嬢たちのほうに突き立った。
脱落する彼女たちの一角たる少女。令嬢たちに戦慄が走る。
だが、その瞳に諦めの色はない。相手の力を見せつけられたとしても、己の力量を信じ戦う決意を新たにする。
一方、漆黒の女狐は、少女たちをあざ笑うかのように、平静な態度を見せつける。
そう、戦いはまだ始まったばかりなのである。
麗らかなる日差しの降り注ぐ午後。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、七色の花びらがたおやかに舞う庭園の中心。
王宮史に書き加えられ、のちに残されるであろう闘い。それは今はじまったばかりだ。」
「ていっ。」
そんな長ぜりふを、ほとんど無呼吸で言い切ったルシアさんの頭をちょっぷで叩く。
「痛いです。何をするんですか、マリアさま。」
「それはこっちのセリフです!何で変な煽り入れてるんですか!」
いつもの無表情な顔のまま、長い、長い、本当に長い台詞をどこかにむかってしゃべりだしたルシアさん。相変わらずのメイド姿で、すごく似合ってるのが腹が立つ。
「せっかくマリアさまがお茶会に参加されているのですから、盛り上げようと思って。」
「変な方向に盛り上げなくていいですから!」
「それは残念なことです。」
「ぜんぜん残念なことじゃないです。」
そう、私はこのお茶会を穏便に、平和に、できれば和やかに終えたいだけで、戦いにきたわけではないのだ。なぜか、ひとりの女の子が酷い目にあってしまったが、あれも全然わたし意図したことではないし、私の責任ではないはずである。
「いいですか、私は貴族のご令嬢の方々となごやかにお茶会しに来たんです。お願いですから、余計なことはしないでください。」
私はルシアさんに、真剣な顔で言い聞かせる。ルシアさんの表情は、真剣だが、いつもこの真剣な顔でボケ倒すのでまったく信用できない。
「そうだったのですか。わかりました。」
どうやらわかってくれたらしい。私はルシアさんの返事にほっと一息つく。
「それでは肝心の第2ラウンドのルールを決めさせていただきましょう。」
「なにひとつわかってなあああああい!」
右手を振りかぶりツッコミをいれようとするが、白羽どりされる。あっ、このっ、小賢しい!
「いいわ、私たちが先手を貰ったもの。今度はあなたに決めさせてあげる。」
私とルシアさんがツッコミとツッコミ回避の攻防を繰り広げていると、バリエールさんが腕を組み勝気な瞳でこちらを睨んで言ってきた。
え、いや、それはなんか違うんじゃないですかね…。あれ、少なくとも、建前上はお茶会ではなかったろうか。お茶会に先手も後手も存在しないはずなんだけど…。
「いや、そういうのはちょっとやめませんか…。」
あくまで平和で穏便な普通のお茶会をしたい、と私が提案しようとすると。
「マリアさまはそちらが決めても余裕で構わないとおっしゃられてます。」
「私だって譲ったのよ。決めるつもりはないわ。」
「では、私に決めさせていただきましょう。」
「ちょっとまてーい!」
流れるようにルシアさんが会話を別方向に誘導した。
なんで、この人はああああ!
「舞台はすでにこちらで用意させていただきました。ご存分に戦いください!」
パチンッと指をならすと、転送魔法が発動する。その場にいる全員の足元に、光り輝く青い魔法陣が表われる。
あたりの景色が揺らいでいく中、私は叫んだ。
「あんたぜったいわざとでしょおおおおおおお!」
***
転送魔法で送られた先は、何やら岩でかこまれた洞窟だった。
「ここってどこ…?」
「ここはクオンさまとレナスさまが攻略されたダンジョンのひとつ。この空間は、その最奥です。」
隣りに飛んできたルシアさんがいつも通りの無表情で言う。
私はその言葉を聞いてダンジョンを見回した。洞窟の中なわけだが、どういうわけかそれほど暗くなく、壁などを視認するのには支障がない。洞窟はちょうど、王宮のひと部屋ぐらいの広さで、ドーム状になっている。
中央には何故か岩をけずって作られた肘かけ付きの椅子があり、その前には同じく岩を削ってつくられたと思われる大きな机。机には展開式の魔術がほどこされているらしく、ルーンが刻まれている。
何のためにあるのかわからない部屋だ。
「あれ?バリエールさんたちは?」
そう言えば、一緒に転送されたはずのバリエールさんたちが部屋にはいない。
私がそう言うと、机に刻まれたルーンが光り輝き、目の前の空間に映像が投影される。それは洞窟の別の場所で、固まって歩いているバリエールさんたちの姿だった。
「なにこれ?」
「ルールは簡単です。バリエールさんたち令嬢方にはいまからこのダンジョンを攻略して貰います。そしてマリアさまはそれを妨害します。もし、この最奥の部屋にたどり着けたら、バリエールさんの勝ち。途中で力尽きればマリアさまの勝ちです。」
「お茶会やってたはずがなんでこんなことに…。」
何度突っ込んでもマイペースで説明を続けるルシアさんに、とてつもない徒労感がこみ上げてくる。
「もちろんお茶会の続きなので、両軍には最高級のジンジャーティーを準備させて頂きました。」
そう言って隣におかれる湯気のたったお茶。バリエールさんのほうにも、お茶のワゴンが置かれている。黒い岩肌におかれた不気味な洞窟に、花柄模様のお茶の入ったワゴン。ものすごくシュールだった。
「というか、ダンジョンってものすごく危ないじゃないですか!」
危うくルシアさんの適当な雰囲気に流されかけていたが、ダンジョンにはモンスターやら危険な動物がたくさんいる。お茶会の嫌がらせですむレベルをはるかにこえてしまっている。
「大丈夫です。クオンさまとレナスさまが攻略されたダンジョンは、生態系ごと根こそぎ消滅させられることがほとんどなので、むしろ家の中の方がねずみにかまれて危ないクラスの安全度を誇るようになります。」
「なんかもうクオンさまとレナスさまと暮らすようになってから、モンスターの方が可哀想になってきた…。」
とりあえず安全なようでほっとした。
「ですが、それではマリアさまがいささかふり!そこで今回は助っ人を用意させて頂きました!」
そういってもう一度、ルシアさんが指をぱちんと鳴らす。
部屋の中に赤い魔法陣が生じ、出てきたのはなんと悪魔たち。
「でえええええ!何よんじゃってるんですかあああ!」
炎の羽を持つ赤い巨人、首なしの鎧騎士、高位のアンデッド、サキュバス、悪魔の中でもかなりの上位に位置するものたちが一斉に部屋の中に出現する。
一瞬、死を覚悟したが、悪魔たちは微動だにしない。
いや、よく見ると、青い顔をして固まったままぷるぷると震えている。
そしてその中でも特に立派な角を持った黒い悪魔が、恐る恐ると言った感じで前にでてか細い声でルシアに話しかける。
「こ、今回はいったいどういうご用件でしょうか。ルシアさま…。」
「ご安心ください、マリアさま。ここにいるのは、クオンさまとレナスさまに絶対に逆らわないと誓うかわりに、消滅を免れた悪魔たちです。」
「は、はあ…。」
悪魔たちは人間を見下し、ひたすら無慈悲に高慢にふるまう化け物たちだったはず。そんな悪魔たちがいるとは初めて聞いた…。
でも、目の前の高位の悪魔たちは、部屋のすみで借りてきた兎のように震えている。ルシアさんの話は、信じがたいが本当としか思えなかった。
「それでなんで悪魔の人たちを呼び出したんですか。」
「それはもちろん。この悪魔たちにマリアさまの手ごまになって、バリエールさまたちを撃退してもらうためです。」
「いやいやいや、そんなのいりませんから!必要ないですから!」
悪魔をけしかけるなんて洒落にならない。第一、負けても全然かまわない勝負なのだ。このまま素通りしてここに来てもらうに限る。その後に、説得でも交渉でもして平和にお茶会を終えたい。
それが最良の選択だ。そう思ったのだが。
ドクンッ
何故だが嫌な感覚が頭にはしった。その感覚をおって、その先に視線を向けると、涙目で部屋のすみで震える悪魔たちがいた。その悪魔たちは、必死の形相で無言で何かを訴えかけている。何か…、まるで私に助けを求めているような…。
「そうですか。必要ないですか。では、邪魔ですし消してしまいましょうか。」
消す。その台詞が聞こえた瞬間、悪魔の人たちが何故か涙を浮かべ、洞窟で見えない空を仰ぎ始めた、ある悪魔なんて何故かお祈りの格好で何かを必死に念じている、無言で遺書らしきものを書き始めた悪魔までいた。
そして黒い悪魔が目で何かを必死に訴えいる。必死の表情で何かを…。
これは間違いなく、私が断ったら、この人たち『消される』。
「いえ、やっぱりいります!手伝ってもらいたいです!物凄く必要です!」
私は慌てて撤回の言葉を言った。いくら悪魔たちおはいえ、あまりにあんまりな様子だったから。
「そうですか。それは良かったです。それでは準備も整ったところで、勝負を開始とさせていただきます。」
画面の向こうでバリエールさんたちに合図が送られ、彼女たちがダンジョンに進行を開始する。
そしてこちらでは。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
黒い悪魔の人が、土下座して私に感謝の言葉をのべていた。
「おらぁ、人間界に来てはじめて人のやさしさにふれたんべさぁ。」
首なし騎士が無いはずの首で涙を浮かべ感動している。
「あたし、あたしぃぃ、今度こそだめだと思ったぁぁぁ。うっうっひっく。」
サキュバスの人がマジ泣きしている。
クオンさま、レナスさま、いったいどういう目にこの悪魔たちをあわせたんですか…。
伝説で聞くような威厳のかけらも喪失している悪魔たちに、私は頬から汗を流す。
「マリアさま、何なりとご指示ください。命をたすけてくれた恩義、絶対返して見せます。」
赤い羽根の巨人が言う。
「いや、何もしなくていいですから。出来れば休んでてください。」
悪魔の人に暴れて貰っちゃ困るし。
「休んで!?」
「あたしたちに休んでって!?」
あれ、何かまずかったろうか。
「なんてやさしいひとなんだあああああ!」
「俺は猛烈にかんどうしているううう!」
何故かむせび泣きだす悪魔さんたち。いや、悪魔ってやさしさとか思いやりとかそう言う概念と対極にいる人たちではなかったか?
「そうじゃ、みなのもの!せっかくご指示をいただくのじゃ。この方に新たな『魔王』さまになっていただくのはどうじゃろう!」
そう考えている間に、高位アンデットの人が何か言い始めた。
「おお、なんというグッドアイディア。先代の魔王はクオンさまとレナスさまに撲殺されたし、我らにも新たな王が必要だった。」
「あたしも!あたしもさんせーい!」
「おらもこんな優しい方なら王になってもらいたいべ。」
え、ちょっと…。
「そんなの私にはむりですから!」
そう言って断ろうとしたが、黒い悪魔の人が真剣な表情で涙を浮かべすがりついてくる。
「お願いします、マリアさま。我らが新たなる王になってください。クオンさまとレナスさまに捕まってからというものの、心安らぐ日々が無いんです。我らを助けると思って、是と言ってください!お願いします!」
その眼は何かに怯える子羊のようで、私は断りきれなかった。
「ありがとう!ありがとうー!」
「やったー!新生魔王さまの誕生だー!」
「おら魔王さまのためにがんばんべー!」
「みんなで魔王さまのために勝利をもぎとるぞ!」
「おー!」
5人の悪魔たちは私を魔王に就任させると、私の話も聞かずに、はりきって部屋を出て戦いに向かったのであった。