7羽
クオンさまとレナスさまは遠国の式典に呼ばれて留守になっていた。
というわけで、私はもっぱら読書三昧だったのだが。なんだかんだでいないと少しさびしく感じるあたり、お二方に毒されているのだろうか。
「お茶会ですか?」
「はい、そうです。」
逆に何故残ってるのか問い詰めたくはないけど、神様にはひっそりいなくなるようにお願いしておきたいランキング一位のカルーアだけは残っていた。時に穏やかに微笑んでるように細目には、油断ならない胡散臭い表情を浮かべている。
「若い貴族の令嬢方からのお誘いでしてね。いい加減断るのが面倒…部屋にこもられっきりのマリアさまの良い息抜きになるのではないでしょうかと思いまして。クオンさまとレナスさまがいない隙にさっさと行ってもらえると助かるんですけどねぇ。」
「絶対わざと本音を漏らしてるでしょ!しかも最後の文章、まるっきり本音の方とつながってるし!」
そうお茶会などに参加して息抜きになるわけがない。そもそも私は本を読むのが一番の息抜きなのだがそれは置いておくとして。
だって、私のこの国での評判は…。
「はっはっは、いくら漆黒の女狐とよばれるマリアさまでも命までとられたりはしませんよ。」
そうなのである…。クオンさまとレナスさまが毎日後宮に入り浸るせいで、この国ではひとつの噂が流れていた。
国王を誘惑して後宮に誘い込もうとする悪女と、それに心を痛めながらも健気にも心配して後宮へ足を入れる王妃。
実際はクオンさまとレナスさまは殺し合いをしていたわけだけど。私は世界の行く末が心配で心が痛かった…。
まあ、それは慣れたからいい。誰がどう言おうともう慣れた…。
ついでに後宮もすこぶる評判が悪い。なるべく出来るだけ、豪華にならないようにしてもらったんだけど、それでも凄い金額がかかっている。あまりに高級すぎて落ち着かないので、私が寝食してるのは庭に建ててもらった地味な一軒家である。
そんなわけで私の悪評はもっぱら拡大中。国民の皆様の前にでたら五体満足で返していただけるか若干、多分に不安な状況なのである。
「ええええ…やだなぁー…。」
そりゃ命までは取られないだろうけど…。それに今読んでる本がいいとこなのだ。
「ご参加いただけますか!ありがとうございます!それでは私は政務があるので失礼します!」
「ちょっとまてぇぇぇい!だれがそんな返事したあああ!」
私の返答内容など完全無視して、カルーアは快い返事をもらったかのように笑顔で言い切り去って行った。
あとに残されたのは見た目は綺麗な便箋にしたためられた、一通の招待状だった…。
***
ひゅるるー。
まだ春でお茶会日和の庭には暖かい日差しが降り注いでいるはずなのに、そんな寒風吹きすさぶ音が聞こえる気がする。
目の前にいる貴族のご令嬢方はこちらを見てひそひそと話しこんでいる。呼び出したのはあちら側なのだが、よくこの場にこれたなという感じだ。
行くつもりが無かったのに、寝ているうちにドレスを着せられカルーアに転移魔法で後宮の外に放り出された私としては身に染みる思いだ。
「あのぉ…。」
そう声をかけたら、話し込んでいた一部の少女たちがびくりっと震えた。ガタリと椅子が揺れる音がする。いや、私は悪魔か猛獣か珍獣か何かなのでしょうか。生まれも育ちもこれからも善良な一市民なのだが。
巷で流れるあらゆる噂は誤解なのだ。別にクオンさまをたぶらかしてなどいな…いないこともないが、それは私が悪いわけではなく、レナスさまを泣かせ…夢中で本を読んでたら相当無視していたらしく一度本気で泣かれたがちゃんと謝った。
勝手に座っていいものか迷っていると、3人の少女が立ち上がり私の前にきた。
「ごきげんよう。マリアベルさまでいらっしゃいますか。」
真ん中に立つのは鮮やかな金髪に勝気な朱色の瞳を持った少女。こちらを恐れるように少女たちとは違い、その笑みには幾分かの余裕がある。しかし、その瞳は笑って無く、まぎれもない敵意が宿っている。声音にもいくぶんか嫌味な調子が混ざっているが、貴族の中の貴族といった感じのこの少女にはそれもよく似合っている。
たぶんこの集りのリーダー格の少女なのだろう。
その後ろに控える少女たちも彼女よりは地味だが、綺麗な外見をしていて、同じような雰囲気を纏っている。
「はい、そうですけど。」
一方、田舎貴族出身の貴族の端っこに住む私は、なんとも気のない返事しかしようがない。
「よくぞこられましたわね。その勇気に賞賛いたしますわ。」
「はぁ、どうも。」
私が噂通りの女狐なら嫌味の応酬でも華々しく繰り広げるところだが、そんなわけないのでそんなことにもならない。
「ところでお名前をおしえて頂きませんか。まだご紹介いただけてないので…。」
私が尋ねると少女たちははっと気づいた様子で顔を真っ赤にした。単純に名前を知らないから聞いただけなのだが、どうやら自己紹介を忘れていたらしい。そしてそれを失態と感じたみたいだ。強気な表情が一瞬崩れかけたが、慌てて取り繕う。
と共にこちらへの警戒心が一層増したようだ…。
いえ…悪気はなかったんです…。ごめんなさい…。
「失礼しましたわ。私はベルマ公爵の娘、バリエールと申します。」
公爵令嬢か~。どおりで貫録があるわけだ。
「私はシール侯爵の娘、ジェシカよ。」
亜麻色の長い髪を持つ背の高い少女が名乗る。
「私はミナス伯爵の娘、セレナ。」
鮮やかな青い髪をしたショートカットの女の子。ミナス伯爵といえば、高位の神職をいただく貴族でその地位は下手な上位貴族より高かったはずだ。
バリエールさまたちはこちらをビシッと強い眼力で見てくるのだけど…なんというか…そんなにがんばられても…リアクションに困る…。
「えっとぉ…、よろしくお願いします。」
とりあえず、ぺこりと頭を下げるぐらいしかできませんよ。
***
しーん…。
お茶会の席は初っ端から、沈黙に包まれていた。こちらに対してビシビシと痛いほどの敵意が伝わってくる。
「お茶がはいりました。」
カタッと侍女さんが私の前にティーカップを置いてくれる。
「ありがとうございます。」
私はお礼を言って侍女さんの顔をふと見た瞬間、お茶を拭きだした。
「ぶほっ、ごほっ、ごほっ。」
何故ならその侍女は、英雄の一人ルシアさんだったからだ。ちなみにルシアさんは男だ。やたら女装が似合っているけど。
「な、なんでルシアさんがこんなとこにいるんですか。しかもその恰好はいったい…。」
私は背中を撫でてくれるルシアさんに小声で話しかける。
王宮のお茶会ということで、配膳は王宮の侍女がやるはずだった。だからエルダさんたちはこの場にいない。何人か連れてきていいと言われたが断った。
逆にその方が厄介になりそうだったから…。
だというのに、何故王宮の侍女に紛れ込んでルシアさんがいる。
「もしものときはやれと言われました。」
ルシアさんはいつも通りの平坦な声で、それだけ呟くとテーブルのお茶を拭いていく。
やれ?やれってなんだ!?
あ、そうか~。侍女をやれってことか~。
ってそんなわけない!
今ここでルシアさんが侍女をしなければいけない理由がゼロである。というか、ニュアンス的に明らかにやばいタイプの「やれ」だ。
たらりと頬から汗がひと筋流れ落ちる。お嬢さん方のほうを見ると、こちらの出方をまだうかがっているようだ。何か仕掛けてくる気配はない。
なんとか…このお茶会を無事にすまさなければ…。王宮の庭に作られたお茶会の会場で脇に控えて並ぶ侍女さんたち、その中でこちらを感情の読めない、しかし隙のない瞳でじっとみているルシアさんを見て私はそう決意する…。
***
とりあえずお茶会に私を読んだということは、何か嫌がらせの手段を用意しているはずだ。
それを避ける術を考えるのもいいが、まずは人間関係の基本、友好を築いてみよう。そう大切なのは話し合い。人間話し合えば分かり合える。そうすれば、問題も解決どころか、肩身が狭い思いもしなくなって一挙両得!
「今日はいい天気ですね。」
しかし、出てきたのはなんとも気のきかない言い回し…。本ばっかり読んでお茶会なんてろくに参加したこと無い私に、お茶会で気の利いたことを言うスキルなどなかった…。
「あなたの目は節穴なの?どう見ても曇りですわ。」
帰ってくる言葉もそっけない。うわぁ、確かに曇りだ。雨天中止とかならないかなぁ。
「このお茶美味しいですね。」
だが、まだあきらめずに食い下がる。人間って分かり合える生き物だよね、きっと。
「あら、田舎貴族出身あなたにお茶の味がわかるんですの?」
実は最近クオンさま、レナスさまと一緒に暮らしたせいで舌が肥えてしまった。香りは最高級のものだとはわかるが、それほど感動するほど美味しいとは感じなくなった。
それはまあ置いておくとして、返しのつっけんどんさが半端ない。どうやら友好を築くのはむずかしそうだった。うん、わかっていたけどね…。
仕方ない…。相手の罠に気を付けよう…。そうしないと、その相手の身が危険な感じがする。さっきまでの私たちのやりとりに、きらーんと何故か目を輝かせているルシアさんに溜息をつく。
さて、どういう風に来るだろうか。
バリエールさんたちを観察していると、相手もどうやら準備ができたらしい。にやりと笑ってこちらを見た。
「今日はジェシカが寵姫さまへ、プレゼントを用意したというんです。」
「はい、お近づきのしるしに受け取っていただきたいのですが。」
プレゼント…。いやな予感しかしないんだが…。
「はあ、どんなものでしょう。」
無下に断るのも申し訳なく、一応尋ね返してみる。
「これですわ。」
侍女から何やら箱を受け取り、ジェシカさんはテーブルの上に置く。
彼女の手で蓋が開けられるとグエグエッと不気味な声をあげる大きな魚。ぱくぱくと口を開けて、濁った白い瞳がジェシカさんの方を向いている。
これは…、エビポアラという魚だ。
大変珍しい魚だが、とっても醜悪な外見の上、陸地でも奇妙な声をあげるのでいまいち食用としては人気がない。
「さあ、どうぞ。」
自分で蓋をあけてみたもののその外見に衝撃を衝撃をうけたらしい、ジェシカさんも引きつった顔でそれを私の方にずずずと出そうとする。しかし、エビポアラの白い瞳は相変わらずジェシカさんを見つめている。
「あの…、食べなくて大丈夫ですか?」
「えっ、これ食べられるの?」
嫌がらせのつもりで渡してきたので食べれるとも思ってなかったらしい。というか、食用以外でプレゼントされる魚っていったい。魚がプレゼントされる時点でおかしいけど。
それよりも、今は大きな問題があった。
「はやくそれ食べた方がいいですよ。」
私はエビポアラを指差してジェシカさんに遠慮がちに告げる。
グエグエっという声はだんだんと小さくなり、白い瞳はより一層ジェシカさんを見つめている。
「な、なんで私が食べなきゃいけませんの!こんなもの!」
いえ、あなたが用意したプレゼントですし。ってそうでは無くて。
「その魚、食べないと呪われちゃいますよ。」
そう、エビポワラは不気味で食用としては人気が無い魚のだが、一度釣り上げたら絶対食べなければいけないのだ。彼らは大自然に暮らす動物たちの真理か心理か、食べられなかったことを逆恨みし、その相手に呪いをかける。
普通、呪われるのは釣り人なのだが、どうやらうまく逃れたらしい。
「なななな、どういうことですの!?」
「いえ、だってロックオンされてますし。」
白い眼はぎょぎょっとジェシカさんのことを見つめている。どうやら蓋をあけた拍子にロックオンされてしまったらしい。
このロックオンというのは、エビポワラの濁った瞳で見つめられていることで、何故か瞳孔もないのにどこを睨んでいるのかわかる。そしてロックオンされた相手は、エビポワラの鳴き声が消えてる前に、それを食べなければいけない。
大抵、生である…。
グエグエッというこえは、だんだん小さくなっていっている。
「わけのわからないことを言って私を脅す気?」
甲高く叫ぶ彼女に、持ち歩いているミニ辞典を渡してあげる。
「ほら、ここ。」
本を両手で受け取り、目を上下にすべらした彼女は、テーブルの上に置いた魚に目を向け「ひぃっ」と短く悲鳴をあげた。ロックオンされている状況を理解したらしい。
お茶会のメンバーたちも、侍女さんたちも(ルシアさん以外は)おろおろと騒ぎ出す。ジェシカさんは青い顔をしてがくがくと震えだす。
「あのぉ、とりあえずさばきましょうか?」
刺身にすれば多少はましになるかもしれないし。多少はだが…。一応こう見えても、田舎貴族、魚をさばくぐらいならできる。
「いやよ!こんなもの食べられないわ!」
しかしジェシカさんはヒステリックに叫んで拒否する。侍女さんたちが、なんとか一口だけでもと言いくるめようとしても聞く耳をもたない。
そのうち、グエグエという声が小さくなり、そして止まった…。
しーん…。
お茶会にまた不気味な沈黙が訪れる。
それを破ったのは。
「くしゅんっ。」
ジェシカさんのくしゃみだった。
「あれ、これはくしゅんっ!なんでくしゅんっ!くしゃみがとまらっ」
ジェシカさんは凄い勢いでくしゃみをする。
「これは…花粉症の呪い…。」
花と暮らし、花と生きる女性貴族たちに恐れられるもっとも恐ろしい呪いだ…。
「そんなっ、私がかふんしょ、くしゅんっ、ぶえっ。」
王宮も花壇や薔薇やら花にあふれている。ジェシカさんのくしゃみはどんどんひどくなっていく。鼻水ずるずるで、さっきまでの美しい貴族の少女の面影はない。
やがてくしゃみと涙でしゃべることすらままならなくなっていく。
「こっくしゅん、こんなっくしゅん。」
それでもまだお茶会に留まろうとしたジェシカさんの腕を掴んだものがいた。
「あなたの敗北ですよ、ジェシカさま。敗者は退場あるのみ。」
ルシアさんだ。
ってなにやってんの!?なにいっちゃってんの!?
そのまま花粉症になったジェシカさんは、ずるずるとお城の中にひきずられていった。その様子をあっけにとられて見つめていた私に、不穏な呟きが耳にはいる。
「よくもジェシカを、許しませんわ…。」
バリエールさんだ…。
私がわるいのか!?仲間を失った二人は、どこか悲壮な顔で私を睨んでくる。
「ジェシカの用意した罠を、そのまま返してしまうなんて、やはり漆黒の女狐。」
誤解である…。断じて誤解である!
いつの間にかお茶会には、以前よりも凄い緊張感が漂っていた。
ああ…、世界に平和はいつ訪れるのだろうか…。私は平和を望んだ偉人たちの顔を想いだし、天に祈った。