5羽
パサリッ
柔らかな毛布をひるがえし、私は上半身を起こす。全身には変な汗が滲み出していて、動悸が激しい。
「ふう、変な夢みちゃったなぁ。」
私は枕もとの眼鏡を手探りで探す。
「あら、どういう夢を見られたのですか?」
「いやいやー、お恥ずかしながら、王宮で寵姫なんてありえない役目で迎えられる夢など見てしまいまして。少女趣味もいいところですよね。年甲斐も無い。」
「そんなことありませんわ。王宮ロマンスはいつも女の夢ですもの。」
「まあそういう趣向の人もいますねー。」
私は会話しながら、探し当てた眼鏡をつける。
ふむ…。
「で…、あなたはどなたで、ここはどこでしょうか…。」
「私はマリアさま専属の侍女のエルダで、ここはマリアさまのために用意された後宮でございます。」
夢ではなかった。
***
「エルダさんって英雄ではないですよね。」
「そうですね。英雄ではありませんが、クオンさまとレナスさまの信頼を頂きマリアさまのお世話を担当することになりました。よろしくお願いしますね。」
にっこりと優しく微笑みながらお茶を入れてくれる。
すらりとした長身に肩で綺麗に切りそろえられた茶色の髪、立ち振る舞いは優雅でとても綺麗な人だ。落ち着いた優しい雰囲気を持っている。
クオンさまとレナスさまのことだから、侍女にまで英雄を配置していないか心配してたのだがそんなことはなかったらしい。普通の人が傍にいてくれることに安堵する。
「マリアさま少しお時間をよろしいでしょうか。他の侍女たちも紹介したいので。」
「あ、はい。構いませんけど…。」
自分の家の侍女は、お手伝いさんみたいな感じだったので、自分専属の侍女がいるだけでも恐れ多いのに、まだ侍女がいると言われ正直かなり戸惑う。
「あなたたち入ってきなさい。」
エルダさんがパンパンと手を打ち鳴らすと、5人の侍女が頭を下げて入ってきた。
「失礼します。」
声を揃えて言った侍女たちが頭を上げたとき私は硬直した。
「マーサです。」
「クリスです。」
「リュークです。」
「ミカエルです。」
「ライナです…。」
知ってます…。
次々名前を告げてくる侍女たちにそう思った。何故知ってるのか。
それは5人とも5人が英雄だったからだ…。
まさか英雄が侍女をやっているとは…。いや、門番の二人を見た時点で予想できたことだったが、エルダさんが普通の人だったのですっかり油断していた。
正直、時代の端っこで静かに生きてきた人間としては、この英雄ラッシュは辛いものがある。
「わぁ、この方がマリアさまなんですねー。」
「クオンさまたちのいけに…寵姫に選ばれるなんて、かわいそ…幸せな方です~。」
「マリアさまのこれからの心労を少しでも労うため、とっておきのお茶をいれますね。」
「あー、ずるい。私がやるもん!」
「クッキー準備しました…。」
キャピキャピ女学生みたいに騒ぎ出す世界に名だたる英雄たち。一部不穏な台詞が聞こえた気がする。
「マ、マリアベルです…。ご存知かもしれませんが、よろしくお願いします。」
ぺこり
一応の礼儀として挨拶する。
それを見て、侍女五人は顔を見合わせると何故か「きゃーっ」と悲鳴をあげて、ヒソヒソ話をはじめる。
「なんか、そそるよねー。」
「クオンさまとレナスさまの気持ちが少しわかります。」
「うんうん!」
「邪な心を抱くと、命が危ないですよ。なんせあの二人に目を付けられてるんですから。」
「かわいい…。」
呆気に取られて見ていると、手を打ち合わせてエルダさんが止めに入ってくれる。
「こらこら、寵姫さまに失礼ですよ。申し訳ありません、マリアさま。この子達は侍女の訓練を受けてから日が浅いものでして。」
「は、はぁ…。」
近頃、英雄たちに対してのイメージが崩れつつある。自分が読んだ本の中では、賢く礼儀正しい人格者たちだったのに…。
「マリアさまの朝食の準備をするわ。マーサとライナはマリアさまの着替えの手伝いを、クリスとミカエルはテーブルと食器を、リュークはお茶の準備をしなさい。」
5人にキビキビと指示を出すとエルダさんは部屋から出て行く。
「はぁ~」
「どうしました?マリアさま。」
私がついた感嘆のため息に、侍女のマーサさんが不思議そうに聞いてくる。
「いやー、エルダさんって凄いなって思って。英雄の人たちにあれだけきちんと指示を出して。私だったら気後れしてとてもじゃないけど無理です。」
普通の人同士として頼りにできそうだ。
「あー、マリアさまは知らないですよね。」
「うん…。一般人はほとんど知らないはず…。」
「え、どういうこと?」
「エルダさまは最終決戦こそ参加されてませんが、その時一人で城の守護を担当されていたんですよ。1対多での戦闘能力では、英雄の中でもレナスさまに次ぎますから。エルダさまが城で睨みを利かせてくれたお陰で、悪魔たちの奇襲を気にすることなく最終決戦に集中できたんです。」
「それでも、100体の悪魔が城の方に来たらしい…。」
「全部、上陸前に倒しちゃったらしいんですけどね。悪魔たちの血が飛び散る中、踊るように優雅に剣を振るうさまはとても美しかったそうです。」
「二つ名は双剣の鬼姫…。」
「あははは…。」
普通の人なんていなかった…。
「マリアさま、衣装を準備しました。」
そう言って着替えを手伝おうとしてくれる二人に「あ、自分で着替えられるので大丈夫です。」と言う。
「そうですかー。では、お手伝いが必要なときはお申し付けください。」
意外とあっさり引いてくれた。
衣装を渡され、早速それを着がえ…。
「これ…なんです…?」
「水着とウサミミです。」
私に手渡されたのは、セパレートの白色の水着とウサミミだった。普段着るどころか、人生においてすることがあるのかすら怪しい格好だ。
「なんでこれなの…?」
私は恐る恐る聞いてみる。
「クオンさまとレナスさまが…。」
「お二人の意見を総合したところ、これになりました。」
「なんでですか!」
私は思わず叫ぶ。
「クオンさまの露出度が高い服という直球の願望と、レナスさまのマリアさまをペットのように愛でたいという少々特殊な嗜好を、白いウサギというテーマの元」
「解説しなくていいです。」
「そうですかー。では、どうぞ。」
どうぞって言われても…。私は手渡された水着とウサミミを見つめる。
「着ません…。」
むしろ、着れません。二十歳にもなってこの格好は無理です。というか二十歳じゃなくても人間としてダメだろう、この格好は。
「ええー、似合うと思いますのに。」
「残念…。」
「もっと、普通の服はないんですか?」
「普通ですかー。」
マーサさんは少し思案すると。
「イヌミミとかですか?」
「全然普通じゃないです!もう、自分で選びます!」
私はやたら豪華なドレスがたくさん入っているクローゼットの中から、なるべく地味で装飾の少ないものを取り出して身に着ける。勢いのあまり人前で着替えてしまったが、あまり考えないようにする。
それから食事をすることになった。
「今日はクオンさまとレナスさまは公用でご一緒できません。」という侍女さんたちの言葉にホッとする。むしろ食事も一緒に取ることになってたのか…。
朝食だというのに、料理は今まで食べたことないような高級料理のフルコース。このお皿に山盛りつまれているのは、一生に一度は食べてみたいねぇと家族と話した幻鮫のキャビアではないだろうか…。侍女さんたちは並んでこちらを見守ってるので非常に食べにくい…。
「あの…クオンさまとレナスさまってなんであんなに仲が悪いんですか?」
向こうに行ってくださいなんてとても言えない小市民な私は、とりあえず会話でもして気まずさを振り払おうと試みる。聞いている内容は切実だが…。
「うーん、そうですねぇ。もともとアルザルドとラマーナは、そんなに仲が良くなかったんですよ。表向きは友好国なんですけど、お互い相手を敵視していて。」
「クオンさまとレナスさまもその典型例ですけど、お互い国一番の勇者と聖姫ですから、特に敵愾心が燃え上がったらしく子供のころから小競り合いを起こしてたみたいですよ。」
「は…はぁ…。」
アルザルドの辺境に住んでた私だけど、ラマーナと仲が悪かったなんて全然知らなかった。
「実際、私たち侍女5人も最初から仲が良かったわけじゃないんですよ。」
「うん…私とマーサはアルザルド出身の戦士…。クリス、リューク、ミカエルはラマーナの聖女。」
そう言うライナさんの言葉を、クリスさんが繋ぐ。
「最初はどう寝首をかいてやろうかと思いましたわ。」
口に手を当て上品に言ってるけど、内容はとてもえげつない。
「私たちもいつか決闘を申し込んで、正々堂々倒してやろうと考えてました。」
うんうん、と同意するライナさん。
「あれ…、でも今は仲が良いんですよね。」
そこには希望を見出したい。クオンさまとレナスさまも、いつか仲良くなってくれるという希望を得るという意味で。だが、それも続くミカエルさんの言葉で絶望に叩き落される。
「だって、クオンさまとレナスさまが暇があれば世界規模の戦争をしようとするんだもん。部下の私たちまで争ってたら世界が滅びちゃいますよ。」
あはは、とあくまでも明るくいうミカエルさん。
「だから、せめて私たちだけでも仲良くすることにしたんです。でも、最近のクオンさまとレナスさまの仲はどんどん悪化の一途を辿っていって。」
「私たちでなんとか市井へ被害は及ばないようにしてたんですけど、それも最早限界でした。私たちは真の最終決戦がおこることを覚悟していましたわ。」
「うん…ローレシアンとの戦いを超える…世界を二分した戦争…。」
「だからマリアさまが、いけに…寵姫として現れてくださって私たち感謝してるんです。」
「この国の、いえこの世界のためにがんばってくださいね。」
気まずさを取り払うために行ったはずの会話だったのに、聞いていく度にどんどん食事の味が感じられなくなっていく。
今、世界の命運は英雄さんたちの手から、私の肩に預けられたらしい。
なんでだあああああー!