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4羽

 私はその手紙を茫然と見つめる。

『子爵家令嬢マリアベルさまを我が国の公妾として招致します。』

 なんでこんなことになったのか。

「応募するのは美女揃いだろうから、まさかマリアが受かるなんて思ってなかったけど。だめもとでも応募してみるものね。良かったわねー。」

「良かない!」

 私はのんきに喜ぶ母さまを怒鳴りつける。

「なんでこんなのに応募したのよ!しかも勝手に!」

「だってあんた引きこもって本読んでばっかりだったじゃない。侯爵さまがお見合いの話を持ってきてくださっても見向きもしないし。このままじゃずっと独りよ。まだ20歳だからいいけど、これが30越したりしたら。お世話になってるレオナルド様にも申し訳ないわ。だから妾でも貰ってもらえたらと思って。」

「だからって!」

 確かに貴族社会で30歳の独り身は肩身が狭い。

「妾ってことはあのクオンさまとレナスさまの間に割って入ることになるのよ。そっちのほうがよっぽど肩身狭いじゃない!」

 アルザルドとラマーナが併合されて作られた世界最大の国家アマテリアの王と王妃、クオンさまとレナスさま。世界を救った英雄であり、人類の守護者、この国の平和と希望の象徴たる夫婦だ。二人の仲を引き裂いたりすれば、針のむしろどころの話ではない。世界の歴史に名が残る。間違いなく悪人としてだ。

「子供が出来ないんですって…。公妾を召されることになるなんてレナスさまお可愛そうに…。」

「あんたがいうなー!」

「でも王家からの書状だし、今更断るわけにもいかないでしょー。このままじゃ一生ばついち独身のままよ。とりあえず行ってきなさいよ。」

「ぐぐぐっ…。簡単に言って…。」

「それにそろそろレオナルドさまが迎えに来るはずよ。」

「なにぃー!?」

 どどどどどどど

 母さまの言葉に呼応するように、大量の蹄の音がする。

 がばっと窓にすがりつき外を見ると、そこにはたくさんの騎馬兵を引き連れ自らも甲冑を纏ったレオナルドさまがこちらに走ってきていた。

「マリアくーーーーーん!迎えにきたぞおおおお!公妾になるそうだね。たとえ世間から冷たい目で見られる道でも、君が決めたことなら我らは応援しよう!君を無事に王城まで送り届けてみせるぞー!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおお」

 侯爵さまが剣を抜き、それに掲げると同じように後ろの人間も手を振り上げ雄たけびをあげる。

「我らがギルバード家四銃士」

「老骨ながらもすべての力を出しつくし」

「マリアベルさまをお守りしよう!」

「ふがふがっふぉ」

 その後ろではまったく知らないおじいさんたちが、銃を構えてポーズをとっている。

 ガラガラガラ

 騎馬部隊の後ろから祭りのみこしみたいに豪快に飾り立てられた馬車がやってくる。

「マリアくんにふさわしい馬車と、腕の良い仕立て屋を用意してきた!君がクオンさまの寵愛を受け、立派な妾になれるよう全力でサポートしよう!」

 いつの間にか所領の人が家の前にあつまって、『祝マリアベルさま』『公妾になっても応援してます』などの横断幕を掲げ花吹雪を散らしている。

 近くに住む領民の人たちが、こちらに向かって「がんばってー」などと声援を飛ばしている。

 出店まで開かれていて、酒やら香草焼きやらを手に持ってどんちゃん騒ぎだ。

 『マリアさま送別会会場はこちらです。』という立て札はなんだろうか…。

 中にはハンカチで目元を何度も拭っている人もいて、完全にお別れムードだ。

「ねぇ…、私の選択権はどこに…。」

「どこにもないじゃない?がんばってね。マリア。」

 いつの間にか家に上がりこんでいた友人が、出店のジュースを飲みながら私の肩をたたいて去っていった。


***


 それから、私は王都へ連れられていった。

 馬車は王都の中央通りを王宮に向かってゆっくり進んでいる。私はそっと窓から外を見ようとして。

「ひっ…」

 慌てて隠れた。

「みなさん歓迎のためにこんなに集まってくださってるのですね。」

 侯爵家から調達された侍女が、にこにこ笑顔でお茶を入れながら言う。

「絶対ちがう!絶対ちがうし!」

 大通りの端に山のように集まった人々。若い人から中年、老人、夫婦や恋人、女の子たち子供たち、みんなが凄い顔でこの馬車を睨んでいた。

 そこから感じられるのは紛れもない敵意。嫌でも国の英雄たる夫妻の妾になることが、どんなことかを私に教えてくれる。

「マリアさま。宿でクッキーを焼いてきたんです。どうかご賞味ください。」

 能天気な侍女がお茶うけに出したのは小金色に焼けたおいしそうなクッキーだったが。

 ぽりぽりぽり

 味がまったく感じられない…。

 胃が痛くなってきた…。


***


「………」

「まあ、マリアさま肌が真っ白ですわ。いつもよりお綺麗です。」

 王城についても状況はまったく変わらなかった。衛兵から侍女、文官まで凄い勢いで睨んでくる。お蔭で血の気が引いて、侍女に褒められてしまった。

 侯爵家から来た侍女はのん気な笑顔で私に話しかけてくる。なぜ侯爵領の人たちはこんなにも神経が太いのだろう。いや、もしかしたらまったく気づいてないのかもしれない。でもどうやったらこの針のむしろのような視線に気づかずにいられるのだろう。

 そんな疑問を抱いていると、向こうの方からシンプルなスーツに身を包んだ銀髪の青年が優雅な仕草でこちらに歩いてきた。

 私はその姿を見て目を見開く。

「銀の狐…カルーア…。」

 最終決戦における英雄の一人であり、勇者クオンと聖姫レナスをその知恵と戦略により影から支えた参謀。その表にはあまり出ないがその貢献度は王と王妃二人に匹敵すると言われている。そして現在はアマテリアの宰相をしていて、国政にその辣腕を振るっている。

 歴史の教科書にのってもおかしくない。いや、確実に乗るだろう人物だ。

 世情には疎い私でも本に乗っていた写真でその姿は知っていた。

 突然の偉人の登場にしばし茫然としたが、はっと我に帰る。カルーアさまと言えばクオンさまとレナスさまの一番の側近だ。公妾の件もきっと快く思っていないに違いない。

 最終決戦でも有数の英雄に睨まれたら、命がいくつあっても足りない。

 私は自分の未来が想像以上に危ういことに今更ながら気づき真っ青になる。

 背の高い銀色の髪を持つ青年が近づいてくるほどに、頬から嫌な汗が噴出してくる。

 ごめんなさい。申し込んだのは私じゃないんです。許してください。成敗するなら母さまとかにしてください。

 と、目の前に立った青年に思わず土下座しそうになったとき、青年はその細い目を優しげに曲げ優雅な一礼をした。

「良く来てくださいました、寵姫さま。アマテリアの宰相であるカルーアです。以後お見知りおきください。」

 その言葉に自分への悪意らしきものは見えなかった。むしろ本当に歓迎してくれているようにすら見える。

 そうだよね。

 良く考えたらこの国の中枢を担う人間なのだ。公妾の件についてもちゃんと受け入れているはずだ。歓迎できなくても私情など挟んだりはしないのだろう。

 やはり英雄となると一般人とは一味違うのだ。

 優しい笑顔と紳士的な態度はこれまでの旅と人々の視線に疲れた心を癒してくれる。英雄は伊達ではないと、私はカルーアさまに尊敬の念を抱いた。

 ほっとすると、ふと先ほどカルーアさまが言った台詞がひっかかった。

「寵姫さま?」

 首をかしげる。寵姫とは妾の中でも王の寵愛を受けた女性に使われる呼称だ。王に気に入られるどころか、会ったことすらない自分に使われるような呼称ではない。そして王と会ったとしても、世界最高の美少女、天使の顕現と呼ばれるレナスさまがいるのに、自分を気に入るはずなどなかった。

 むしろこんな不細工いらんと追い出されたりしないか期待してしまうぐらいだ。

「はい、マリアベルさまのことですよ。王の寵愛を一身に受ける公妾が呼ばれる呼称です。」

 ざわっ

 周りにいた王宮勤めの侍女や文官たちの間に動揺が走る。王妃の名前を呼び涙を流して座り込む侍女まで出てきた。それを慰める侍女の目にも涙が浮かんでいる。

 そして私を睨む視線も一層と強さをました。

 何これ、どんな罰ゲームですか?

 そもそもクオンさまとは初対面どころか会ったことすらないはずだ。愛を一身に受けるどころか、知り合いですらない。

 誤解です。これは何かの間違いなんです。

 と言い訳したら信じてくれるだろうか。もはやアウェイどころの話ではない親の敵をみるようなまわりの視線にそう思う。

「それではこれからクオン陛下とレナス王妃殿下にお会いしていただきます。どうぞこちらに。」

 まわりの騒ぎなどまるでなかったかのように、カルーアさまは笑顔で私をエスコートする。

 はやくこの場から逃げ出したかった私にはありがたかったので素直についていく。

 王城の廊下を歩いていると不意に人通りが少なくなっていくことに気づく。さっきまでは常に侍女や文官、貴族らしき人たちが通りかかってカルーアさまに挨拶(と私をひと睨み)していったのだが、今はもう誰も歩いていない。

 思わずキョロキョロしてしまうと、カルーアさまが気づいたようで答えてくれた。

「王と王妃の居室に近づけるのは、王都でもわずかな人間だけです。侍女にも信用のおける人間を使っています。」

 なるほど、警備上の理由でそうなっているのかと私は納得する。

「ふふ、あんなもの国民に見られるわけにはいきませんからね。」

 だからこの時カルーアが小声でそう呟いたことにまったく気づかなかった。

 廊下を進んでいくと、やがて大きな扉が見えた。鉄製の頑丈そうな扉だが、美しい装飾が施されていて物々しい雰囲気はない。扉の横には二人の兵士が立っていた。

 私はその兵士たちの顔を見て、目を見開く。

「シンシア…、ルシア…。」

「よくご存知で。寵姫さまは博識でいらっしゃいますね。」

 知ってるも何もカルーアさまと同じく決戦の英雄たちである。クオンさまたちほどの知名度はないが、知っている人はちゃんと知っている。アマテリアは最高の英雄二人が作った国であり、その国の中枢を担うのも英雄である仲間たちであることは知っていた。

 だが、本で見るような有名人が実際に登場することには、いちいち驚きを禁じえない。しかも門番である。職業を見下したりするつもりはないが、英雄の使いどころとしてはやたら豪華すぎるのではないか。

「うっ…。」

 二人をそっと窺うと、王都の人たちのように睨んではこないが感情を読めない瞳で見つめられこちらがたじたじになってしまう。やっぱり内心では嫌われてたりするのだろうか。

「さて、寵姫さま。これより先は侍女は置いて、寵姫さま一人でついて来ていただけますでしょうか。ここより入れるのは限られた人間だけでございますので。」

 え、やだ心細いし。

 侯爵家のちょっと脳天気すぎる侍女でも、この完全アウェイの状況ではいて欲しかった。ゴネたら一人ぐらいなんとかならないかと思って横を見ると、侍女たちの姿は影も形もなかった。

「えっ…?み、みんなどこ…?」

 愕然としてきょろきょろとしてしまうと、ドレスの袖口から紙切れが一枚ひらひらと落ちた。

 なんだろうと拾い上げてみて見ると、

『ご武運を!』

 という文字が侯爵家の侍女がデフォルメされたキャラがぺろっと舌を出したやたら可愛いイラストと共に書かれていた。

 絶望と脱力感に紙は再び手のひらからひらひらと地面に落ちていく。

「さて、侍女の方々も立ち去られたことですし、中に入って頂きましょう。」

 味方不在の絶望に崩れ落ちかけた私は、そのままカルーアさまにずるずると引きずられて扉の中に入っていった。

 視界の端にルシアさんが燃えるゴミの袋を持って私が落とした紙切れを拾ってるのが見えた。

 案外、良い人なのかもしれない…。そう思った。


***


 それから、私は待合室らしきところに小一時間ほど待たされている。

 カルーアさまは何かやらなければならにことがあるらしく部屋には誰もいない。

 中に入ったら英雄に囲まれてリンチされたりするのではと、自らの想像に恐怖していた私も用意されたお茶を飲んで少し落ち着いていた。

 だいたいクオン陛下とは初対面になるわけだ。母さまがどんな応募の仕方をしたか知らないが、私が選ばれたのには何らかの誤解があるはずだ。みそっかすの下級貴族としては、今更こちらから嫌ですとは言えない状況だが、陛下のほうが直接会って気に入らずに断るという可能性もある。

 椅子に座ったまま正面を見ると、クオンさまとレナスさまが仲良く寄り添って微笑んでいる壁画が飾られている。クオンさまもレナスさまもとても美しく、まるで神様と天使みたいな夫婦である。その固く結ばれた手は、二人の強い絆を表している。

 そうこんな最高の恋人同士の中に私など入れるわけないのである。

 王都の人たちの心配は杞憂である。

 だが、同時に思う。その愛が奪われることは万に一つも無いとはいえ、こんなにも仲睦まじく愛する夫が形だけでも公妾を迎えるという事実は、レナスさまを深く傷つけるだろうということを。

 ズキンッ

 絵画の中で幸せそうに笑う二人。天使のように優しく愛らしい笑顔を浮かべるレナスさま。今レナスさまはどういう気持ちでいるのだろう。

 公妾の謁見には王妃も付き添うことになっている。勝負にならないような相手とはいえ、夫の傍にいることを許されたもう一人の女性を見てどう思うか。

 その優しい御心は国中を癒し、誰よりも強い心で英雄たちの軍を支えたと言われる少女。泣き顔は決して見せないかもしれない。でもその心は深い悲しみに包まれているだろう。

 もしも、クオンさまが拒否されなかった時はこちらから断ろうと思った。なるべく、出来れば、婉曲に、それとなく、問題が起こらない程度で、さりげなく。

 そう私が若干後ろ向きな決心をしたところ、カルーアさまが戻ってきた。

「お待たせして申し訳ありません、寵姫さま。早速陛下の下へご案内致します。」

 カルーアさまは優雅な一礼を再び見せ、私を連れて行こうとした。

「あの…、カルーアさま。」

「どうされました?寵姫さま。」

 私の呼びかけにカルーアさまは首をかしげて返事を返す。

「寵姫と呼ぶのはやめていただけないでしょうか。」

 そんな呼称を聞いては王妃さまはさらに傷つかれることになるだろう。そもそも陛下とあったことすらないのに寵姫も糞もないのだが。

「ふーむ…。」

 カルーアさまは数瞬悩まれたようだが、

「まあ、いいでしょう。これからはマリアさまとおよびしますね。」

 と言ってくれた。それから、

「私のことはカルーアとお呼びください。」

 と言った。

 小心者の私はそんなの無理なので、なるべく名前はよばないようにしようと決心した。

 そうして私は今、謁見の間の扉の前にいる。

「あまり緊張などされないよう気軽にされてくださいね。」

 とカルーアさまは優しい笑顔で言ってくれたが、緊張しまくっている。

 この先にいるのは世界の英雄にして、この国の王と王妃であるクオンさまとレナスさま。この国を治め、民に称えられる国王夫婦。そして私は仮にとはいえレナスさまの恋敵みたいな状況。

 心臓がどくどくと嫌な音を経てる。

 私は生唾をごくりと飲み込む。

 覚悟を決め扉を開けると、そこには血みどろで殴りあうクオンさまとレナスさまがいた。

 バタン

 閉める。

「おや、どうかされましたか?」

 カルーアさまが優しい笑顔のまま尋ねてくる。

「いえ、ちょっと医者を紹介していただけませんか。どうも目の調子が悪いようで。」

 私は目頭を押さえ呟く。最近の精神的疲労のせいだろうか、幻覚が見え始めたみたいだ。

「それはいけませんね。私が見てみましょう。医師の資格を持っているのでご安心ください。」

 そう言ってカルーアさまは私を上に向かせ、まぶたを指で開き魔法の光を当てチェックする。

「ふむ、本の読みすぎで近視がちですが、それ以外はいたって健康ですよ。」

「そうですか…。」

 そうなると脳の異常だろうか。ストレスが原因なのかもしれない。実家に帰れたらゆっくり静養して本でも読もう。そう心に決めた。

 ふう、と深呼吸して一息つき、心を落ち着ける。

 大丈夫大丈夫、私は正常だ。ちょっと疲れて幻覚が見えただけ。もう落ち着いたしあんなもの見えないはずだ。

 そうしてもう一度扉を開ける。

 そこには殴りあう国王夫妻の姿はなかった。

 良かった幻覚だった。ほっと一息つく。

「いらっしゃい、マリア!私、王妃のレナスよ。よろしくね。」

 気を取り直して中を見ると、そこには天使がいた。

 金色のふわふわの髪、柔らかく白い頬、こちらを見る蒼い宝石のような瞳、その姿はまさしく天使。翼が生えてないのが不思議なぐらいだ。

 湛える微笑はあの美しい絵画以上に優しく、思わず見ほれてしまった。

「あ…、わたしマリアベルと申します。よろしくお願いします。」

 なんとか立ち直り挨拶する私に、レナスさまは笑みを一層深めた。

「くすっ、マリアったらぼけーっとしちゃってどうしたの?」

 あまりに屈託のない態度に戸惑う。相手にならないとはいえ、一応彼女と王の寵愛を争う役職として来たはずなのだが。

 いや、実際相手にならない。とてもじゃないが敵うどころか勝負になるはずもない。というか勝ち負けを言う事すらおこがましい。それどころかこんな美少女が隣にいたら、私の存在が認識されるかすら怪しい。

 そうだ。確かにそうだ。うん、心配などすることなかったのかもしれない。私程度の存在が王妃さまの心を揺さぶることなどありえなかったのだ。良かった良かった。

 もしかしたら陛下もそんなことを考えて私を選んだのかもしれない。

 いや、しかしだ。本当は心の底では傷ついているのかもしれない。それを誰にも見せまいと、優しい心で私にも接してくれてるのかもしれない。そうだとしたら、出来るだけ傷つけないような態度で陛下と王妃殿下に接しなければいけない。

 思考の海に陥りかけたとき、はっと気づく。そういえば、陛下に挨拶していない。

 これはまずい。陛下に謁見に来たのに、その陛下に挨拶すらしていないのだ。不敬罪になってもおかしくない。

 私は慌ててクオンさまの姿をさがし

「ぎゃああああああああああああああああああああ」

 悲鳴を上げた。

「どうしたの、マリア。急に叫び声あげちゃって。」

「おや、どうされましたか?マリアさま。」

 無垢な笑顔のままのレナスさまと扉の向こうからひょいと現れたカルーアさまが、不思議そうに問いかけてくる。

 私はその態度のほうが不思議だった。

 あの光景はまた目の錯覚なのだろうか。

「あ、あの陛下が化け物に襲われているように見えるんですけど。」

 私が恐る恐る指差した先には、何やら魔方陣を纏った口だけの化け物が陛下にかじりついていた。

「あー、あれですか。まあ大丈夫でしょう。」 

 どうやら目の錯覚ではなかったらしい。

 いやいやいやいや、全然大丈夫じゃないでしょう。

「心配しないで。マリアのことは決して襲わないわ。」

「え、そんな馬鹿な…。」

 どうみても危険生物だ。陛下を食べたら間違いなく私たちに襲いかかってくる。

「だって私が召喚した魔法生物だもの。」

 天使の笑顔のままでレナスさまは言った。

「へ…?」

「凄いでしょ。獰猛で忠実な私の一番の召喚獣ベグドールよ。」

 一瞬頭が真っ白になる。

 テンシサマガナニカヨクワカラナイコトヲオッシャッテル。

「あの生物は王妃殿下が召喚されたと…?」

「うん。でも王妃殿下って呼ばれたくないなぁ。親しみを込めてレナスさまって呼んで?」

「えっと、レナスさま、で何故陛下が襲われているんでしょうか…。」

「だってむかつくじゃない。あの野蛮人。自分が先にマリアと話すって聞かないのよ?」

 ハイ?

 天使の笑顔は変わらず美しい。

「えっと…。へ、陛下を助けないと…。」

「ふ、安心してくれマリア。これしきのことでやられる俺ではない。あと、俺のことは親しみを込めてクオンと呼んでくれ。」

 上半身を化け物に食べられた状態で器用に喋り出す陛下を茫然と見る。

「レナス、お前は化け物で俺の足止めをして先手を取った気らしいが甘いぞ。所詮平和ボケの聖姫の発想などそんなものだ。俺は勇者、勇者とは戦うもの、戦う俺の姿こそ最も美しくかっこいいのだ。貴様の召喚獣を打ち倒す姿を見て、マリアは俺に一目ぼれするに違いない。」

 何を言ってるんだこの人は。

 ガジガジ、魔法生物に噛まれながらわけがわからないことを高らかに宣言するクオンさま。

「あー、もう煩いわね。マリアとお話できないじゃない。止めを刺しちゃいなさいベグドール!」

「ええ!?ちょっとっ!」

 レナスさまの口から出た物騒な台詞に驚愕する。

 召喚獣は大口を開けクオンさまを噛み砕こうとする。

 これから起こる惨劇を想像し思わず悲鳴をあげかけたとき。

「来い、レガード!」

 クオンさまの声が聞こえ、召喚獣の体がはじけ飛ぶ。

 召喚獣の体は光となって消えうせ、後には剣を片手に立つクオンさまがいた。紫銀の幻想的な髪に煌々と光る赤い瞳。その姿は戦神そのもので、見るものに戦慄と美しさを植えつける。バケツまるまる一杯取れそうな唾液さえ被って無ければ。

「どうだい、見てくれかい?マリア。」

 髪をふぁさーっと(濡れてるので本当はべちゃりと)かき分け私に視線を送ってくるクオンさま。

「は、はぁ…。」

 事態についていけない私にはそう答えるしかない。

「ちっ、しぶとい奴め。」

 レナスさまから舌打ちが聞こえた。歪んだ顔も天使のように美しい。ちょっと邪悪だが。

 というか、何だろうこれ。さっきから何なんだろう。

「あの程度の奴で俺が倒せると思ったか?おろかなやつだ。まあ、間抜けなエセ聖女どものペットはあの程度が関の山だろうがな。」

「うるさいわね、野蛮人。あんたみたいな粗暴な奴が、私の可愛いベグドールを馬鹿にするなんて万死に値するわ。それ以上に、私のマリアを変な目で見たのが許せない。今日こそ、アマテリアの地下に埋めて、そのまま冥府に直通便で送ってやるわ。」

「やれるものならやってみろ。貴様こそ、お前らが信じる天国とやらにかっ飛ばしてやるから喜べ。そして安心しろ。マリアは俺が幸せにする。」

 ものすごい勢いでいがみ合いだす二人。あれ、おかしいなぁ…。

 私の目の前にいるのはクオンさまとレナスさま。世界を救った末に結ばれ、奇跡の国を作り出した恋人たち。お互いを深く愛し合い、世界にも希望をもたらす最高の夫婦。世界で最も美しい男と女二人が並び立つ姿は、もはや神の奇跡というべきカップル。

 なのに、目の前で二人は睨みあい、拳を握り、いがみ合いながら猛獣のように牽制をし合っている。

 あれ、世界で最も深い絆を持つ夫婦はどこにいったの?

 それとところどころ私の名前が出てくるのは何故?

「やれやれ、今日ぐらいは喧嘩しないように、全然だめでしたね~。」

 背中からカルーアさまの声が聞こえた。

 振り向くとソファーにどっかり座り込み足を投げ出したカルーアさまがいた。

 え、何この人。態度悪い…。

 その姿には前までの紳士的な青年の面影はどこにもなかった。

「あのぉ…、なんなんですか。これ…。」

 私は思わず足技の応酬で牽制し合う国王夫婦を指差してしまう。

「見てわかりませんかー?わが国の国王さまと王妃さまですよ。」

 ぱたぱたと手で自分を仰ぎながら、だらけた姿勢でいってくるカルーア…さま…。

「でも国王夫妻は、お互い深く愛し合ってるって…。世界で最も仲の良いカップルだって…。」

 二人の様子は、もうお互い殺意ありありの状態だ。喧嘩するほど仲が良いなんてレベルではない。

 私の問いかけをカルーアさまは鼻で笑う。

「はっ、あんなの私が宣伝用に作った大嘘ですよ。ああー、大変だったなぁ。この二人を仲良し夫婦だと国民に認識させるのは。お陰で王と王妃の間は厳重警戒態勢だしかったるくて仕方ないですよ。はー、本当だるっ。」

 一体なんなのだこれは…。

「あの…、私はなんで呼ばれたんでしょうか。」

「ああー、それですか?」

 と態度が悪い笑顔のままカルーアさまが何か続けようとしたとき、ふいにぐいっと腕が引っ張られる。見ると、いつの間にか横にいたレナスさまが満面の笑顔で私の腕に腕を絡めていた。

「マリアはね、私の寵姫なの。マリアの身も心も私のものよ。」

「お、王妃さまの寵姫…?」

 なんじゃそりゃ。王妃さまの寵姫なんて、そんなもの存在するのだろうか…。

 そう思っていると、後ろから手が伸び引っ張られ誰かに抱きこまれる。誰かというか、この場にいるのは三人なので誰だかまるわかりだ。

「何を言う、マリアは俺の寵姫だ。俺と愛し合うと運命で決まっているのだ。」

 いや、確かにそれは正常だけどなんかおかしい。というかこの状況がおかしい。

「まあ見ての通りですよ。」

 いいえ、わけわかりません。

「もういい加減仲良くさせるのも限界に来てたんですが、離婚するとアマテリア崩壊の危機ですからね。悪あがきに公妾でも募集してみたら、なんと二人ともあなたに一目ぼれです。二人ともあなたが寵姫になってくれるなら、夫婦生活続けてくれるそうですから。あなたが二人の寵姫になってくれればアマテリアも安泰です。この国のためにがんばってくださいね~。」

 手をひらひらさせて投げやりに言うこの国の宰相。

 カルーアさまの言葉が耳から突き抜けていく。え、ちょっと、意味がわからない。

「あ、あのちょっと離していただけませんか。」

 クオンさまとレナスさまに拘束されて動くことすらままならないのでお願いする。

「「ええー。」」

 二人はこんなときだけ一緒に不満げな顔をしたが、もう一度「お願いします。」と言うと離してくれた。

「ちょっとこちらに来ていただけませんか。」

 私はだるそうにしているカルーアさまの腕を引っ張る。

「はぁ、やれやれ。なんですか?」

 態度が悪いがなんとかついてきてくれた。

 私はレナスさまとクオンさまから離れた柱に隠れると、

「無理です!無理です!そもそも公妾応募の件から誤解なんです。お断りさせてください。」

 全力でカルーアさまに拒否の意思を伝える。

 もういろいろと無理だ。絶対無理だ。いろいろと状況がおかしかったり、責任が重過ぎたり、そもそも未だわけがわからなかったり、無理がありすぎる。とにかく無理。無理。

「おやおやー、困りましたねぇ。国家の危機なんですよ。何とかしてもらえませんかねぇ。」

「いや、本当に無理ですから。実は公妾への応募も母親が勝手にしただけなんです。そちらからお断りしていただけなければ、こちらからそれとなく言う予定だったんです。」

「はぁ…、クオンさまもレナスさまもがっかりしてますよ。」

 カルーアさまの指差す方を向くと、ばっちり聞こえていたらしい。悲しそうな瞳で二人が見てくる。子犬みたいに。

 うっと心が痛むが、こちらだってわけがわからないものに巻き込まれかねない人生の瀬戸際だ。結婚式のときとは比にならないぐらいの努力で気持ちを立て直す。

 ここであきらめたら私の人生の平穏が危ない。もしくは人生そのものが危ない。

「ご、ごめんなさい。他に良い人が必ず見つかると思います。」

「はぁ、仕方ありませんねぇ…。」

 ほっ…、良かった。あきらめてくれたようだ。

「それではこれ、お願いしますね。」

 ぽんと渡された紙束を私は見る。公妾破棄の契約書とかだろうか。と私は見てみるが、そこに書かれているのはたくさんの数字だった。それに神晶石やら朱銀やら、超高価な鉱石の名前が連ねられている。

 正直、よくわからない。

「なんですか?これ。」

「何ってあなたのための後宮の今までの建設費用ですよ。あなたがいなくなるからにはすべて無駄になってしまいますからね。しめて2兆コルダになります。これを払えば、あなたも晴れて公妾を辞すことができますよ。」

「ぶほっ」

 思わず吹き出す私。

「な、なんですか。その金額。」

「いやー、寵姫さまを迎えるということでクオンさまもレナスさまも張り切りすぎましてね。国家予算を大規模に投入されましたよ。」

「ていうか!な、なんで私が払わなければいけないんですか!」

 私は必死で抗議する。そんなわけのわからない話があるか。

「おや、契約書を読まれてないんですか?公妾を10年以内に自ら辞す際は、国家があなたにかけた費用を返済すると書かれていたでしょ。」

「ええ!?って、そもそも私は申し込んでないからそんなもの読んでないんですけど!母さまが勝手に申し込んだだけです。」

 私の反論は反論するが、カルーアさまの嫌な笑顔は変わらない。

「でもこれはあなたのサインと拇印ですよ。」

「はぁ!?」

 そう言ってカルーアさまが示してきたのは、紙束の後ろにある契約書だった。

 見てみると拇印はよくわからないが、サインは私の筆跡だった。

「な、なにこれ…。」

「あなたのお母さまが、『本を読んでるとき新刊が届いたからサインしてっていったらあっさり何も見ずにサインしちゃったわよ。おほほ。』っておっしゃってましたよ。」

「母さまああああああああああ」

 まったく記憶がないが、騙されたことに気づく。

「た、たとえそうでも無効です。自分の意思で契約を結んでないんだから不当契約です。」

「構いませんよ。訴えてみますか?アマテリアでの裁判で私に勝てるとお思いでしたらご自由にどうぞ。」

「ぐぐっ…。」

「あ、国外で訴えても同じですよ。世界最大の国家の宰相の力を甘く見ないでくださいね。」

「……」

 私はもう沈黙するしかなかったが、さらに宰相の追い討ちがかかる。

「まあ、今の子爵家の資産を全部売り払えば100分の1は返せるかもしれませんね。まああなたの母さまはそんなことしないと断言してますけど。寵姫として王と王妃の仲を取り持ちながら、贅沢な生活を送りますか?それとも19歳にして世界一の借金持ちになりますか?」

 宰相の言葉はまだ続く。

「もちろんあなたが2兆コルダの借金を返せるなんて思ってもいませんが、努力はしてもらいますよ強制的に。私のすべての力を費やして、あなたの体、人生から出来うる限りのお金を捻出してみますよ。人間らしい生活が送れるなんて思わないでくださいね。」

 目の前にいるのは初対面に会った紳士な英雄の面影などまったくなかった。鬼よりも悪魔よりも邪悪な存在が目の前にいた。

 そして悪魔は微笑みささやいた。

「さあ、どうします…?」

 目の前に涙目の二人がぷるぷる震えながら私に向き合っている。

「ごめんね、マリア。がんばってこいつと仲良くとはいかなくても、ぎりぎりまでがんばるから出て行かないで。」

 祈るような目で私を見つめてくるレナスさまは本当に可愛らしい。

「すまない、マリア。俺もこいつとはいかんともしがたいものがあるが、マリアのためなら血反吐を吐く覚悟でがんばっていくつもりだ。俺と一緒にいて欲しい。」

 そう言う真剣な顔で言うクオンさまの姿は、荘厳でとても美しかった。

 そして私は後ろの悪魔に邪悪なオーラで肩つかまれながら返事した。

「セ、セイイッパイガンバラセテイタダキマス。」

 そうして私は寵姫になった。


えー、とりあえず書きあがったので後ほど修正していきたいと思います。

3羽も修正さぼっているので修正せねば…。

寵姫のおしごとはあまり更新できないこともあって、1話ごとにある程度区切りがつくとこまで書くと決めているのですが、どうなのでしょう。

こ気味よく短く更新したほうが効率はあがりそうなのですが、変な場面でとどめて長いこと更新しなくなってしまったりしそうでどうするべきか迷っています。

一発ネタちっくにはじめたシリーズですが、カルーアだけキャラが固まってクオンとレナス、主人公はまだあやふやだったりします。

サブキャラ増やしつつそれぞれのキャラを固めていけたらなぁと思います。

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