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2羽

 マリアベルは紅茶を一口啜った。

 口の中にほのかな苦味と共に、上品な甘い香りが広がっていく。

「美味しい…。」

 マリアベルは純粋に感心した。これほど美味しい紅茶は飲んだことなかった。

「そうだろうそうだろう。マリアのためにわざわざクルーシェから取り寄せたんだ。」

 笑顔で言うのはこの国の王クオンだ。さらさらの紫銀の髪に野生的に光る赤い瞳、容貌はこの世のものとは思えないほど整っていて、背の高さと長く戦いの中におかれ引き締まった肉体、世のすべての女性が魅了されるほどの美男子だ。

「わざわざそんな遠くから…。」

 マリアベルは半分呆れながら言ってしまう。

 クルーシェはここから海二つほど隔てた大陸にある小国だ。輸送費だけでどれだけの金貨が費やされたことだろう。

「マリアのためになら、俺は天空城にある竜玉すら手に入れて見せるよ。」

「いえ、いりません。」

 この人が言うと洒落にならないので、マリアベルは即効で断る。

「ふふ、マリアは無欲だね。」

 何が楽しいのかわからないが、陛下はいちいち満面の笑みだ。

 テーブルに置いてあるマリアベルの手に、手を重ねてきてウインクをしてくる。

 後宮の庭でのお茶会というにはささやかな、陛下と二人っきりの時間。後宮の庭は一流の庭師により整えられていて、色とりどりの花々や桃や桜の木々が咲き誇っている。

 陛下の奇妙な行動を無視して、マリアベルは空を見上げて思った。

(こう、穏やかな日々なら悪くない。)

 そしてクオンの手の感触が無くなったことに気づいて視線を元に戻すと、彼の姿はなかった。ついでに言うと、白いテーブルは綺麗な断面で切断され、椅子が砕けたと思われる粉塵が風に巻かれ飛び去っていった。

 右を向くと後宮の壁にぽっかりと穴が開いているのが見えた。

 マリアベルはテーブルが倒れる前にお茶のポットを確保する。

(もったいない。もったいない。本当に美味しかったし。)

「マリアー、そろそろ買い物行きましょー。」

 声のする方を向くと、美しい少女が聖母のような微笑を讃え手を振りながらこちらへ走ってくる。金色の緩く巻きのかかった髪に、蒼い瞳、透き通るような白い肌の天使みたいな美少女。

「レナスさま…。」

 その少女はこの国の王妃レナスだった。

「今日はお忍びで買い物行くって約束だったでしょ。私待ちきれなくなっちゃって。」

 駆け寄ってきてこの上ない笑顔で話す美少女に、マリアベルは失礼にならない程度ににらみつけて言う。

「さっき何をされたんですか?」

 さっきとはテーブルが半分に切断され吹っ飛んで、椅子が粉々になり、後宮の壁に修繕の必要性が生じ、ついでに陛下が行方不明になったことだ。

「えへへ、ばれちゃった?ちょっと破壊系の魔法の演習をちょびっと」

 頭に手を置き、下をぺろっと出して悪びれなくいう王妃殿下。

 マリアベルは何かをあきらめるようにため息をつき。

「今度はテーブル巻き込まないようにしてくださいね。」

 そう言った。

「もう、マリア怒っちゃやー。でも怒ったマリアもかわいい!」

 ぐりぐりぐり、抱きついてじゃれついてくるレナスに、マリアベルはなんとか両腕に持ったお茶をこぼさないようにがんばる。

「お、怒ってませんから、どいてください。お茶かかりますよ。」

 しばらく擦り付いて満足したのか、レナスは笑顔を増してマリアベルから離れる。

「それじゃー買い物いこー!マリアの衣装も用意してきたの!」

 そう言ってレナスはどこからか、服を取り出す。

 それは黒い上等の生地で作られたドレスだったが…。

「なんか尻尾がついてるんですけど…。」

 マリアベルは遠慮がちに突っ込んだ。

「ふふ、大丈夫。ちゃんと猫耳カチューシャとくび…チョーカーも用意したから。」

「ぜんぜん大丈夫じゃないです!しかも首輪って言いかけたし!」

 次は即効で突っ込む。

 久しぶりに外出できるのはうれしいが、そんな格好だったらごめんこうむる。

「大丈夫絶対似合うわ!」

 満面の笑顔で猫耳衣装一式を押し付けてくる聖姫に、屈辱死させられることを予感したとき。

 シュッ

 突如、レナスの手にあった衣装がばらばらになって飛び散る。

「やれやれ、マリアが嫌がってるだろう。おまえってやつはおしつけがましい。」

 後宮の瓦礫を蹴飛ばしながら、優雅に登場したのは結構前にレナスの魔法で吹き飛ばされたクオンだった。あくまで優雅に髪を掻き分けながら、左手に持つのは数多の悪魔を葬りし聖剣レガードだ。

「マリアにもっとも似合う衣装を着せるのは、神に仕える聖女として受けた天命よ。野蛮な蛮国出身のあなたにはわからないでしょうけど。」

 レナスの右手に生じた限りなく白い光の球は、爆熱系高位魔法メガトン。一撃でちょっとした砦なら消し飛ばせる。

 そのまま二人はじりじりたち位置を替えながら互いの間合いを計り始める。

「ふん、天啓とは笑わせてくれる。大体、そんな衣装でマリアの魅力が引き出せるものか。マリアに似合うのは、そう…例えばバニーガールだ!黒いタイツから覗く引きこもり気味で焼けてない彼女の白い肌。かわいいウサミミがチャームポイント!これなら彼女もきっと喜ぶ!」

 いや、絶対着ないし喜ばない。

「やだやだやだ、これだから男ってのは欲望丸出しで反吐が出るわ!マリアのやわらかい肌が晒されるのは、私のベッドの上だけでいいのよ!」

 いえ、よくありません。

 心の中で突っ込みをしてる間に、聖剣レガードの封印が解かれその存在を神剣へと昇華する。赤い神気のオーラをまとい強大な力に大気が震えだす。レナスの光の球はさらに輝きを増しメガトンから二段階高位のアルトランへと変貌する。どちらも最終決戦において悪魔の軍勢数百を一撃で葬ったとされる伝説の攻撃だ。

 たぶん二つがぶつかり合ったら、王都ぐらい軽く消滅するだろう。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 まるで嵐のような風が美しい後宮の木々を波立てる。

 ふと、マリアベルは背後に気配を感じて振り向いた。

 誰だかは分かっていたが、振り向くとやっぱり思ったとおりの人だった。

 銀色の髪に、身長2メートルはあろうかという美丈夫。ただその目はいつも寝てるのか起きているのかわからないほど弧を描いたまま細められている。狂王との戦いにおいて、クオンとレナスを支えた最大の腹心にして、現在はアマテリアの宰相を務める切れ者の男カルーア。

 カルーアはマリアベルを見ると、やれやれといった感じで両手を上げると、口元をいやらしくねじ曲げた。いつ見てもいやな表情だとマリアベルはげんなりする。

「さすが傾国の美女といったところですな、マリアベルさま。お忍びで買い物に行くだけで王都壊滅の危機とはすばらしい。王都に勤めるものの苦労も、その広い心で考えていただけるとありがたく存じますよー。」

 本当の危機なのだが、この男に言われるとむしろ滅びろと思ってしまうのは罪ではないと思いたい。あと傾国の美女っていうのは厭味か。そういうのはレナスやその側近の美女を指し表すものだ。

「今回についても、私の責任はいっぺんたりともないとおもうんですけど…。ふたりが買ってにやってることだし…。」

 マリアベルはさすがに憮然として言い返す。

 ガシッ

 しかしそんな生半可な反論が通じる相手ではないのはわかっていたことだ。肩をつかまれ、無表情な笑顔を間近で見せられながら言われる。

「もはや責任とか言うレベルの話ではないんですよー。世界最大の大国or人類そのものが滅びる危機なんですよ?わかってますー?」

 ならいちいち嫌味言うな。と突っ込みたかったが、怖いので突っ込めない。

「でも、どう止めればいいんですか…。どっちかの味方したら、もっと事態が悪化しそうだし。」

 正直先に手を出したレナスが今回は悪いと思うが、それでレナスが納得するとは思えない。ついでに二人の意見にはどちらも賛成できない。

「私に名案があります。」

 そう言って、カルーアはぱっと後ろから何かを取り出した。

「それって…。」

 宰相が取り出したものを見たマリアベルノ顔が歪む。

「これを…ごにょごにょして…ごにょごにょごにょ。」

 耳打ちされた言葉に。

「いやです。」

 即効断る。

「あーあー。いいんですよ。いいんですー。かまいませんよー。あー、今日この日をもって輝かしいアマテリアの輝かしい歴史は終焉を迎えます。悲しいことだけど仕方ありませんよねー。」

 わざとらしい演技で頭を抱え、ぜんぜん悲しくなさそうにのた打ち回るカルーア。マリアベルは頭痛を感じた。

「わかりました!やればいいんでしょうやれば!」

「おねがいします。」

 ぱっと立ち上がり衣装を渡してくるカルーアに絶望的な気持ちになる。

 ぱちっ、と指をならすと侍女軍団がやってきて布で私を覆ってくれる。

「早く着替えてくださいよー。そんなに時間ありませんから。」

「わかってます!」

 やけくそ気味に今まで来ていたドレスを脱ぎ捨て、渡された衣装をまとう。

 着替え終わるとささっと服を回収して侍女軍団が立ち去っていく。その無常なプロフィッショナルさが少し恨めしい。

「さあ、まもなく激突ですよ。寵姫さまお願いします。」

 なぜかマイク片手に盛り上げる感じで言うカルーアをひと睨みして、王と王妃のほうをむく。二人の距離は既に1メートル、なにやら覚醒を遂げたらしく、剣のオーラが金色に、レナスのほうは光輪を纏っている。たぶんあれがぶつかり合ったらこの大陸ぐらい軽く吹っ飛ぶかもしれない。超迷惑だ。

「クオンさま!レナスさま!」

 マリアベルの声に二人が振り向く。二人の目は見開かれ、こちらを凝視する、その視線に顔が熱くなるのを感じる。だがここで止まるわけにはいかない。世界のためとかそんなもののために。

「け、喧嘩しちゃいやにゃん。仲良しが一番だにゃん?三人で買い物いくにゃん!悪い子は置いていっちゃうだにゃん!」

 死にたい。この世界から消えうせてしまいたい。マリアベルは限りなくそう思った。

 今のマリアベルは、レナスが用意したのと同じ猫耳衣装を着ていた。何故かカルーアが持っていたのだ。しかもところどころマイナーチェンジされ、スカートが短く、臍が出ていて、肩まで露出されている。これを身に着けているところを見られているマリアはひたすら精神ダメージを受けていた。

「……。」

 二人はこちらをじっと見て固まっている。

 もう家に帰っていいですかと宰相に送った視線に返されたのは、ダメ押ししろのサイン。

 これ以上何をしろと。っと返すと、宰相が世にも奇妙なポーズを取る。

 それをやれと…。

「二人が喧嘩すると私泣いちゃうニャン。」

 首を少し横に傾け、俯き気味の上目遣いになり、目に涙を溜め(嘘泣き)、手を曲げながら頭の上にやり、黒い柔らかいグローブに包まれた握りこぶしを前に曲げる。

 私はいったい何をやってるんだろう。遠く離れた故郷に住む弟を思い浮かべる。伯爵家の婿養子になった弟。元気でやっているか弟。

「さすがマリアベルさま、ばついちでそこまで出来る人はいません。」

 目頭を押さえ天を仰ぎながら言う宰相。空虚な拍手がやたらひびく。

 うるさい!ばついちは関係ないだろう!

「わ…私は悪くないわよ…。」

「くっ…泣き顔も魅力的だが…泣かれては…。」

 二人は魔法と剣はおさめてくれたが、どちらも憮然として視線を合わせようとはしない。

 マリアベルは仕方ないなぁとため息をひとつつくと、二人に歩み寄り手をその手を取った。

「二人とも買い物行きましょう。」

「「マリア…」」

 二人の声が重なる。妙なところで気の合う二人に、マリアは少し隠れて笑ってしまう。

「マリア…その格好恥ずかしくないの?」

 言い方にピキッとくるが、嫌じゃないの?といい間違えたのだと思って気持ちを収める。

「マリア…パンツも黒なのか?」

 蹴りを入れたくなったが、こいつは国王だと思って我慢する。

「マリア!ちょっと待って!あの…」

 レナスが一際大きな声で言う。

「なんですか?レナスさま。」

 私はきょとんとして振り返る。

「あの、これ私がマリアのために用意したチョーカーなんだけど…。そうだ!クオンが付けて上げて!」

 そう言ってごそごそとレナスはクオンにチョーカーを手渡す。

 それを見てクオンは少し唖然とする。

「いいのか、レナス…。」

 レナスはこくりとうなずく。

「その方が、マリアも喜んでくれると思うから。」

 どうやらそれで仲直りの印にするらしい。

 はにかみあう二人。その様子にマリアは笑顔になる。二人が仲良くしてくれるなら、こんな変な格好もたまにはいいかなと思ってしまう。レナスがクオンに手渡したものが何かを認識するまでは。

「じゃあ、付けるぞ。マリア。」

 そう言ってクオンが掲げ上げたのは、首輪だった。艶やかな皮のベルトに渋いシルバーの金具が光る。金製のプレートにはマリアの名前。そこから伸びるのは鉄の鎖。どうみても首輪だ。チョーカーではない。

「ふん!」

 私は思いっきり陛下の手をたたき、首輪を地面に叩きつける。

 誰が付けるかこんなもの!

「ああ!!嫌がられちゃったじゃない!やっぱりクオンになんか任せるんじゃなかった!ばかー!」

 誰に任せるとかいう問題ではない。

「なんだと!お前が用意したものが悪いんだろうが!」

 その通りだが、普通に付けようとした奴に言われたくない。

「野蛮なあなたじゃ、マリアを着飾らせるなんて無理な話だったわね!」

「貴様の選んだ衣装では、マリアを満足させられんという話だ!エセ聖女が!」

 そしてまた始まる喧嘩という枠を超えた世界的危機をはらむ睨みあい。

 やっと落ち着いたと思ったのに前には、世界最強の王と王妃が、謎の闘気を発して対峙している。

「いやー、驚きましたー。一度収めるふりをして、また争いを起こさせる。安心させてから絶望に叩き落す。悪魔の所業。これで周りの絶望感は軽く二倍を越しましたねー!いよ、この悪女!どうです、王宮に勤めるものの悲鳴の味は?甘美ですかー?」

 後ろにはマリアベルの肩を掴んで黒いオーラを放ちながら言う宰相がいる。

 状況は数分前に戻っていた…。

 マリアベルは頭を抱えて座り込みたくなる。

 もう、お分かりだろう。クオンとレナスが仲が良いのなんて嘘っぱちだった。

 外面がよく利害関係から結婚をした二人だが、その結婚生活は2年で破綻を迎えようとしていた。

 困った側近たちは、ガス抜きとして公妾を王に娶らせることを考えた。

 そこで信じられないことが起こる。

 公妾にと応募して来た数多の女性の一人に、王と「王妃」が同時に一目ぼれしたのだ。

 二人は公妾としてこの子が来てくれるなら、結婚生活続けてやるとのたまった。

 かくして王と王妃の寵姫いけにえが誕生する。

 その女性の名はマリアベル。

 彼女の仕事はみっつ!

 ひとつ、王と王妃の仲を取り持つこと。

 ふたつ、王と王妃の喧嘩を止めること。

 みっつ、王の子供を産むこと。(王妃は絶対に生みたくないと言ってるから…。)

 かくして一人の女性を間に置いての、人類の英雄たる王と王妃の危うい夫婦生活が始まる。


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