04 - 六華と、(前編)
王の一撃でバラバラになった仲間たち――。
マレの瞳に映るのは悲しい現実。
それに六華は――。
現れたのは過去に倒した敵と、
味方だったクリーンが所属していた暗殺集団。
――掃除人のメンバー。
1vs4の、圧倒的に不利な状況を打破する術は――!
真っ黒な闇の中に俺はいた……。
いつからいたのか分からない。
気がつけばここにいた。
「……まだ逃げ続けるのか?」
空間に声が響く。
その声は槍のごとくに俺の心を貫いた。
わかる、わかってる、わかるんだけど……”僕”は……。
「また逃げた」
二度目の声に耳を防いだ。
これ以上は聞きたくないんだ。
何も言うな。僕を迷わさないで……。
傷つきたくない。傷つけたくない。
悲しませたくない。悲しみたくない。
誰かを失うくらいなら……僕がいなくなった方がいいじゃないか……!
「また逃げる」
うるさいっ……! 黙れよ!
お前に僕の何が分かる”のですか”!
生前も死後も、僕の居場所はない。
ずっと苦しい思いをすることが人生なのですか……!?
いつまで痛みを抱え込めばいいのですか……!?
答えてください!
「――孤独、涙、死。逃げる選択を取るのは貴様の勝手だ。が、目を逸らすな」
頭の中で浮かび上がる、過去の記憶。
自分。家族。仲間。
不幸は続く延々と――。
「己が立てた誓いの道を見失うな」
二度目の生をもらうときに、決意した。
今度は誰もが笑い、誰もがハッピーでいられる世界を作ることを。
――誰も泣かせない! 誰も傷つかせない!
このために僕は、アプリケーションワールドに戻てきたんだ。
自分に、全てのモノに笑顔を届けるために。
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「あれ……?」
夢? と思いながら目を開ければ、
「やっと目を開けた」
視界一杯に逆さまな六華さんの顔があった。
ツンと吊り上がったオレンジ色の瞳は、僕をしっかりと睨みつけ。ウェーブの掛かった長い栗色の髪は、頬を囲う様に、垂れていた。
こうして近くで見るとフランス人形みたいだ、と少しばかり見惚れていると、
「よく聞きなさい。言いたいことが二つある。質問したら迅速に回答するべし」
「……君が僕に尋ねたいことは分かっています。何故に僕があのような行動を、囮になったのか。でしょ?」
そう言った瞬間。六華さんの表情に怒りの二文字が浮かび上がる。
え? 気にさわることを口走ってしまいました!? と聞く暇もなかった。
僕が口を開くより早く六華さんが動く、
「一つ。アンタ……自分がどんな体制でいて、どんな状況に置かれているか分かる?」
「え……?」
言われて気づく。眼前に広がる逆さまな六華さんは、明らかに僕を見上げている。つまりは僕は横になっているということだ。
ここまで思考して、漸く気付く。後頭部にあたりやたらと柔らかい感触があることに。
もしかして……、
「……膝枕?」
刹那、キラーンと六華さんの目が不気味に輝く。僕の髪を鷲掴み、自分の頭の位置まで持ち上げる。
ていうか、痛んですが! 物凄く痛い!
……って、それはダメ。ダメですって六華さ――。
何も言えず、急に顔面を左拳で殴られた。殴られた勢いで地面の上を2,3回も転び回る。顔面を、というか主に鼻を両手で押さえながら、起き上がる。
「な、何するんですかっ!」
「正解。だけど迅速に回答するべしと言ったのに、アンタはそれを果たせなかった。殴られて同然」
「返事が遅れたから殴るって、それ色々とおかしいですよ!?」
「二つ……」
「スルーですか!?」
「何で無茶をした?」
不意打ち。聞かれるとは分かっていたが、まさかこのタイミングで聞かれるなんて思わなかった。
目が覚めた時は、直ぐにでも答えようとしたのに……先程の一方的なやりとり。
考えてみれば僕がした行為に腹を立てたからではないのか。
もしそうなら、何を言うべきか。
その前に、僕は何であのような行動を取ったのだろう。新しく来た目の前にいる六華を含めた仲間たちを守るため。だから囮になることで彼らが逃げる時間を稼ごうとした。
違いますね……それは建前だ。
本当は現実を否定したくて、過去を否定したくて……。
そ、そう……否定したくて……。
「本当は死に場所を探してました」
口から出たのは本音だ。
笑顔を届ける、ここにいない家族と仲間たちに誓ったはずなのに……。
誓いは、壊れた。
現実を認めたくなかったから。
「僕は二回も死にました。一度目の死で家族を泣かせた。二度目の死で仲間を殺してしまった。疲れたのですよ」
「それ嘘」
え……? 僕が言い終わるや直ぐに帰ってきた返事は、僕の言葉を否定するものだった。
「目を見れば分かる。対抗しあう二つの気持ち。逃げる自分と、立ち向かう自分」
六華さんは僕を優しく見詰めて言う、
「その二つの自分が、本当の想いを迷わせてるだけ。でもね本当の想いが分からないうちは死のうとか考えない。そして、よく聞いて考えなさい。もしアンタが死んだら、この世界を知らないアタシ達は誰を頼りにすればいい?」
六華さん……。
確かに、そうだ。六華さんたちは、この世界を知らない。それだけではなくて、自分たちが何者かさえも分からないのだ。
見知らぬ世界にいきなり飛ばされて、自分たちが誰かも分からないという状況の中。アプリケーションワールドを知る人物が現れれば、ぼくだってその人物を頼りにする。
だか仮にその人が、自分たちの目の前で、自分たちを守るために死んだらどうなるか。
「……あ」
自分の事ばかりを考えていた。
迷っているのは僕だけではないのに。
「……ごめん、なさい」
六華さん、バッタさん、巧さん、エレファンさん、ガイルさん、ウースさん、父さん、母さん、シエル、テッラさん、クリーンさん。
皆さん――ごめんなさい。
「やっと目が覚めた」
ゆっくりと六華さんは僕のそばに近づくと、手を差し伸べた。
「頼りにする。よろしく、マレ」
「ええ、ありがとう。そして、よろしく、六華さん」
そうだ。迷っても逃げても立ち向かってもいい。
全てを諦め否定するのは駄目なんだ。
簡単なことだけど分からなかった。自分の事ばかりを考えていたから気付かなかった。
こんな小さい子に教えられて元気付けれるとは……誰が予想したか。
でも、本当に感謝しないと。
「……お二人さんよぉ~、ラブラブぅ~ですなぁ~。お熱いことで笑えるぅ~」
突如、横に現れたイモムシ……ではなくバッタさんがニヤニヤ笑っている。
まったく空気を読んで欲しいですね……。
「対人恐怖症も愛の前じゃぁ~、意味もなしってか。笑えるぅ~」
え……そういえば、僕の右手は六華さんの右手を握って……。
や、ヤバイ……意識したら急に気持ち悪くなってきた……。
「あ、あの……と、取り敢えず、離しますね……」
そう言い、やや無理やり手を離す。
うっ……頭が痛い……まさか握手だけで、ここまで気分が悪くなるなんて。
あ。六華さんが少し驚いた風に見てますね。
まあ、彼女の鋭さなら……たぶん原因は分かると思うから説明はしなくてもいいかな。
そういえば……どうやってあの広範囲に及び攻撃から生き延びたんだ?
「ところで、お尋ねしますが僕を助けてくれたのは六華さん?」
「だと思う」
だと思う?
どういうことですか……?
「体が一人でに動いて。バカと言ったのは覚えてるけど、その後の記憶がない。気づいたらアンタと一緒にいた」
「へ……? バッタさん、どういうことですか……?」
「いやぁ~、実は俺様も何も憶えてないんだよなぁ~。気がついたらリンゴを口に加えていて驚いたぜ、今思えば笑えるぅ~」
いやいや、普通に笑えませんから。というかおかしいと思わないのか。
何と言うか……物凄くマイペースな方なんですね……バッタさん。
「マレ……とついでにバッタ。何か聞こえなかった?」
「俺様はついでかよ、アハハ」
「いや、バッタさん、そこで笑うのはおかしいですから。で、何も聞こえませんでしたね」
――衝撃っ!――
聞こえた。というより、感じた。
力と力のぶつかり合いで生まれる攻撃の余波を、だ。
音はだんだんと近づいてくる。
そして、前方の茂みが動き、そこから現れたのは――、
「あ、貴方は……!?」
「お前はっ! あの時のっ!」
体に無数の傷を負った、レベル1のフクロウ型プロモン。
そう、王である少女こと愛心を襲おうとしたところを、テッラさんとクリーンさんの猛攻の前に手も足も出ずに倒されたプロモン。
何でここに……。
「た、頼むっ! た、助けてくれっ!」
「へ……?」
「知り合い?」
「何と言うか、話すと長くなると言うか」
――刹那っ!――
「き、きたっ!」
フクロウ型プロモンが出てきた茂みから、更に一匹が飛び出してきた。
否、次から次へと現れるそれらは、四体のプロモン。
う……そ、でしょ……?
そのプロモン達には見覚えがある。なんせ、少しだけとは言え一緒に旅をした仲間の一人に、物凄く似てるから。
「ひゃははは、ふくろうちゃ~ん」
「もうにげられな~い」
「鬼ごっこもこれでチェックメイトだ」
「俺らから逃げられるプロモンは、存在しない」
――ハイエナ型。
「ま、まさか……」
「ああっ! お前と一緒にいたハイエナ型が所属するっ!! 暗殺集団、”掃除人”とはコイツらの事だっ!」
今、ここで彼らを相手に何か出来ない――。
相手になるはずがない。
もし一人一人がクリーンさんと同等のレベルを持つのなら……逃げる事は不可能。
連続攻撃と収束攻撃が、厄介だ。
接近戦でも攻撃強化……遠近距離、関係なく戦える挙句に異常なまでな持久力の高さ。
勝てる気がしない――駄目だ。考えるんだ、諦めない全てを投げ出さないと決めたんだ。考えろ、思考するんだ、みんなが助かる方法を。
「へへぇ~、俺様の出番が訪れたみたいだなぁ~」
真っ直ぐに敵である四体のハイエナ型のプロモン、掃除人を見据え。バッタさんは僕たちを守るかのように前に出る。
いや……違う、出来るかも……。
「バッタはイモムシだから、動物に勝てない!」
「六華ぁ~……今のは俺様の心にグサッと来たぜぇ~」
「いえ、六華さん。バッタさんなら……勝てます」
え? と驚いた顔をして僕を見上げる。
プロモンの事をよく知らない六華さんなら無理もないですね。
でも僕は、プロモンたちと一緒に戦い行動を共にした。
確かに相手は強力な武器を揃えたプロモンではあります。
だが――故に倒せる。
もし、バッタさんに……いや。六華さんのアレに僕のと同じ機能があれば。
「先程の台詞を修正します。バッタさんと、六華さんが力を合わせれば必ず勝てる!」
逃げない――そして、守り通す!