03 - 一難去ってまた一難。
「自分が何者か、本当に分からないんですか?」
マレの質問に、首を横に振る三人。
返された返事に頭を抱える。
「どうしたものか。せめて名前だけも覚えているかと思いましたが」
記憶喪失の人と初めて出会ったのだ。
どう対応すればいいのか、マレには分からない。
他にも、胸の奥から感じる違和感のせいで思考がまともに動いてくれない。
まるで何かに焦っているような感覚。
「そういえば、この話す動物たち……私たちの名前を言わなかった?」
「言った! おい、ヘンテコリン、俺の名前を吐けぇー。つーか、俺は誰だぁー」
メガネちゃんの言葉を聞くや、直ぐに元気な少年がゾウ型のプロモンに駆け寄る。
「ヘンテコリンじゃない! ボクにはエレファンという立派な名前があるんだぞー」
このゾウ型のプロモンの名前は、エレファンか、とマレは呟く。
しかしゾウだけにエレファンってそのまま過ぎませんかと思っているのは余談だ。
「巧の名前は、巧って言うんだぞー」
「へぇ~、巧が俺の名前か……カッチョいい、さすが俺だぜ」
元気いっぱいな少年こと巧は、少しナルシスト属性も入っているようだ。
そして、見る限り巧のプロモンことパートナーは、ゾウ型のプロモンのエレファン。
(二人とも元気いっぱいで、なかなか良いコンビではありませんか……)
そう思いつつ、残りの二組を目を横に促す
「で、私の名前を教えてくれるかな?」
「ガイルちゃん、て言うの……」
「そう……って、え? ガイル? 何それ? それが私の名前!?」
「わっ……! ご、ごめんなさい!」
自分の名前を聞いて驚いたメガネちゃんことガイルが声を上げた。
その大声に驚いたクマ型のプロモンは、近くの木影に隠れる。
「ごめんね、驚かせて。貴方の名前も教えてくれるかな?」
「……う、ウース、って言うの……わたしの名前……」
「ウースちゃんね、仲良くしましょう」
「う、うん……」
こちらは頼れる姉と、頼りがいない妹みたいな関係。
しかしプロモンが、あそこまで気弱だと戦いで自分のパートナーを守れるのかが心配だ。
(ここまで逆の性格は自分とテッラみたいですね)
と、姉妹なような二人の光景に笑みを漏らす。
そして最後の一組……。
「言いなさい」
「六華~、因みに俺様はバッタな。まあ、よろしく~」
「アンタの名前なんてどうでもいい」
「ハハハ、それもそうだ、笑えるぅ~」
何処が笑えるのだろうかは、置いといて。
小柄な少女の名前は六華。そのパートナーイモムシ型プロモンの名は、バッタ。
(ツッコミどころが満載な組み合わせだ……一番、心配かもしれませんね)
苦笑しか出ない……そう、苦笑しか。
別にマレは彼らに自分を重ねて悲しい気持ちになったわけではない。ないのだ。
否、嫌でも思い出してしまう。
(いつから……自分は、こんなに涙もろくなったんでしょうか……)
「お前……泣いてんの?」
「うわっ! すみません……」
巧に言われ、直ぐに涙を拭いた。
正直、誰に見られるとは思わなかった。目の前にいるのだが。
「ねえ、貴方は何者? ここがどこで、この子たちは何なのか知ってるの?」
ガイルが立ち上げり、マレに尋ねた。
その問いに静かに首を縦に振る。
「僕は君たちより少し早く、この世界に来ました。マレと申します」
「この世界? もしかしてここは地球ではないの?」
「はい。アプリケーションワールドと呼ばれる、地球とは別に存在する世界です」
マレは続ける、
「そして、その子たちはプログラムモンスター、略してプロモン。この世界に生息する半生物。僕たちみたいな人間がこの世界に送られるとき……この世界の管理者は人間を手助けするようにプロモンを付けるのです」
「ああ、なる。俺たちの付き人役のプロモンってやつが、エレファンたちってことか」
「そうなんだぞー」
なるほどーと巧は頷き、マレを指差す。否、正確にはマレの背後を指差し言う、
「つまり後ろにある卵が、マレのプロモンってことか?」
「え?」
自分のプロモンはいないはず、って卵――? と驚きながら後ろを振り向く。
マレの後ろにある……立っているのはマレたちを見下ろす巨大な何か。
それはゴリラ型のプロモンだった。
でか過ぎる。大きさは20メートルを余裕に超えている。
腕の太さも半端ない。もし、あれに殴られれば一溜りもない。
というか、いつからそこに居たのか――。
「あのデカイのがアンタのプロモン……? さすが先輩さんは違うわねー」
今まで口を開かなかった六華が、棒読みな感じに言う。
「このプロモンはしりませんよ! というか皆さん気づいていたのなら何で言わなかったんですか?」
「あ、いや……いきなりピュンと現れたんだけど……」
「まるで瞬間移動してきたみたいだったわ」
瞬間移動――その言葉にマレの背筋に悪寒が走る。
それをやる人物とプロモンを知っている。
砂漠の王と名乗る少女、愛心。
彼女を守るライオン型のラートだ。
もしやと思い、顔を見上げる。
「や……やはりだ」
額に輝く宝石・プロストーン。
その色はレベル1の証ではなく、レベル2の黄色に染まっていた。
更に、この異様な威圧感。
ラートの物と似てる――。
そこから導き出される答えは一つだけ、
「エレファンさん、ウースさん、バッタさん……あなた方なら気づいているかと。彼が何者か」
「うん……」
「あわわあ……ど、どうしよー」
「落ち着けよ~、ここは逃げるぅ~……戦っても勝ち目ないぃ~しぃ~」
「ええ、そして皆さんの事をよろしくお願いします。何が何でも守り通してください」
マレの言葉を聞くと同時に振り上げられる、巨大な拳。
それを見た巧、ガイル、立花は、直ぐに、この場から離れようとするが。
マレとプロモンたちは、逃げるどころか動こうとしない。
「貴方たち! 何をしてるの!」
「お~い、早く逃げろって! ヤバイって物凄くヤバイって!」
天高く掲げられた巨大な拳。
「囮になります。その間に、逃げて」
「ダメだぞー、一緒に逃げるんだー」
エレファンがマレに近づいて鼻で腕を引っ張ろうとした瞬間、
「っ! 僕に触るなっ!」
「……!」
それを弾いた。
エレファンは一瞬、何をされたのか分からなかった。
だが理解すると、なんで? と呟く。
「僕はね、他人と話したり。触れたり出来ないんだ。怖いんだ。対人恐怖症なんですよ」
切っ掛けは家族の涙と、仲間たちの死。
「それにですね、ここで全滅しちゃったら、意味ないじゃないですか! 王相手には何もできない、どんな力も無力、誰かが囮になって誰かを生かすしか方法がないんです! 奇跡という言葉は存在しない」
弱まった涙腺から、頬を辿るように涙が落ちる。
「だから、君たちは自分がするべき事を!」
と同時に、マレは駆ける――。
石を拾い、巨大なプロモンへ投げる。
「さあ! 相手なら僕がしてやりますよ!」
巨大なゴリラ型プロモンの眼光が、マレを見据えた。
標準を定めた拳は落とされる、
「あいつ何やってんの!?」
「行ったらダメだぞー」
「無謀すぎるわ、何で逃げないの!?」
「が、ガイルちゃん、と、とりあえ、ず、離れないとあ、ぶない……」
エレファンと、ウースが巧と、ガイルを持ち上げて。
「ちょ、離せよー! あいつは、マレはどうすんだよー」
「マレ君を助けてあげて!」
走る。とにかく走る。
危険地帯から離れるため――王から逃げるため。マレの決意を無駄にしないため。
「行きました……それにしてもデカイ……避けきれませんね」
迫る巨大な拳を前に、マレは呟く。
――生きることを諦めた呟きを。
――刹那――
「バカじゃない」
小柄な少女こと六華が現れ、
「何でここに……」
――打撃っ!――
巨大な拳が地響きを鳴らす。




