第6話 数字は嘘をつかない
商人は、感情で動かない。
少なくとも、長く生き残っている商人ほどそうだ。
バルドは、リュネアで三代続く商会の当主だった。街が荒れる前から、荒れた後まで、ここで商いを続けてきた数少ない人間の一人である。
だからこそ、あの女――エリアナ・フォルツには警戒していた。
理屈を振りかざすだけの、王都の人間。
現場を知らず、数字だけで語る連中。
そう決めつけていた。
「……おかしいな」
バルドは、帳簿を何度も見返していた。
今月の売上。
例年より、明らかに動いている。
「品は増やしていない。値も上げていない」
それなのに、回転がいい。
売れ残りが減り、仕入れの見通しが立つ。
「……理由は?」
答えは、分かっていた。
人が、動いている。
金が、滞っていない。
昼過ぎ、バルドは城へ向かった。
執務室には、ガイウスとエリアナがいた。
「失礼する」
「どうぞ」
エリアナは、顔を上げただけで立ち上がらない。
以前なら、不敬だと感じたかもしれない。だが今は違った。
「……今月の流通量、増えているな」
「はい」
即答だった。
「理由を聞いても?」
「不安が減ったからです」
バルドは眉をひそめる。
「抽象的だな」
「具体的ですよ」
エリアナは、一枚の紙を差し出した。
「配給の安定で、住民は“貯め込む必要”がなくなりました。税の時期が明確になり、現金を動かせる。兵の巡回が一定になり、盗難リスクが下がる」
紙には、簡潔な数字が並んでいる。
「結果、流通が回る」
バルドは黙って数字を追った。
――反論できない。
「……つまり」
彼は、ゆっくりと言った。
「我々は、何も変えていないのに、得をしている」
「正確には」
エリアナは、視線を合わせた。
「“変えなくていい状態”を作りました」
その言葉に、バルドは息を詰めた。
商人にとって、これ以上の褒め言葉はない。
「……王都では、こういう仕事は評価されないのか」
「目立ちませんから」
エリアナは淡々と答えた。
「利益が出ても、“誰のおかげか分からない”状態が理想です」
バルドは、思わず笑った。
「厄介な女だ」
「よく言われます」
笑みはなかったが、空気は和らいだ。
「協力しよう」
それは、はっきりとした宣言だった。
「条件は?」
ガイウスが問う。
「余計な規制を増やさないこと。それから……」
バルドは、エリアナを見た。
「数字は、隠さないでくれ」
「約束します」
その日から、商人たちは少しずつ動き方を変えた。
倉庫を開け、仕入れを増やし、雇い人を戻す。
街に、仕事が生まれる。
夕方、ミーナが走ってきた。
「お姉さん! 今日はね、買う人も売る人も、いっぱいだった!」
「そう」
「楽しかった!」
それだけで、十分だった。
夜、ガイウスが言った。
「商人を味方につけるとはな」
「味方ではありません」
「違うのか」
「同じ方向を見ているだけです」
エリアナは、窓の外を見る。
灯りが増えている。
街が、夜でも息をしている。
「……王都は」
ガイウスが、ふと口にした。
「どうなると思う」
エリアナは、すぐには答えなかった。
「回らなくなります」
静かな声だった。
「私がいた頃は、“誰かが調整している”状態でしたから」
「戻れと言われたら?」
「戻りません」
迷いはなかった。
「ここは、私が生きる場所です」
その言葉に、ガイウスは何も言えなかった。
数字は嘘をつかない。
そして今、数字ははっきりと示している。
王妃にはなれなかった女が、
この街を、確実に立て直しているという事実を。
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