第48話 最後の視線
小さな混乱は、夕刻に起きた。
南区倉庫で、搬入予定の一部が重なった。
優先枠の解釈が二通りに割れ、商団同士が譲らない。
以前なら、即座に呼ばれただろう。
実際、呼びに来た。
「……エリアナさん」
兵士が、執務室の扉を叩く。
「倉庫で意見が割れています」
「担当は?」
「ミーナです」
エリアナは、立ち上がりかけて——止まった。
「ミーナは?」
「現場にいます」
「では、任せてください」
兵士は、少し戸惑う。
「ですが、判断が——」
「現場にあります」
静かに告げる。
兵士は、一礼して去った。
胸の奥が、ざわつく。
行けば早い。
行けば収まる。
行けば感謝される。
その誘惑は、はっきりと存在していた。
だが、足は動かない。
動かさない。
窓の外に目を向ける。
倉庫街の灯りが、遠くに見える。
しばらくして、ロルフが入ってきた。
「倉庫の件」
「ええ」
「行かないのか」
「行きません」
ロルフは、短く頷いた。
「ミーナが決めた」
エリアナの視線が、わずかに揺れる。
「どう、決めましたか」
「優先枠を一時停止」
「双方、翌日に回す」
「損失は?」
「軽微だ」
胸の奥の緊張が、静かにほどける。
「不満は出るぞ」
「出ます」
「それでもか」
「それでも」
ロルフは、口元をわずかに上げた。
「……悪くない」
夜、ミーナが戻ってくる。
頬が少し紅潮している。
「決めたよ」
「聞きました」
「怒られたけど」
「当然です」
「でも、止まらなかった」
誇らしげでも、怯えでもない。
ただの事実。
「怖くなかった?」
エリアナは尋ねる。
「怖かった」
「でも、見られてた」
「誰に」
「みんなに」
ミーナは、少し笑う。
「前は、お姉さんを見てた」
その言葉が、静かに胸に落ちる。
「今日は、私を見てた」
エリアナは、ゆっくりと息を吐いた。
それが、最後の確認だった。
成功の副作用は、ここで断ち切られる。
夜。
記録帳を開く。
——《最終決裁:不介入》
そして、その下に続ける。
——《街、自走確認》
王妃にはなれなかった。
けれど今、私は最後の決裁をしなかった。
視線は、もう私に集まっていない。
それでいい。
それが、完成だった。
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