第36話 懐かしくない帰還
王都の門が見えたとき、胸が高鳴ることはなかった。
懐かしさも、恐れもない。
ただ、距離を測るような静かな視線で、エリアナは城壁を見上げた。
「久しぶりですね」
隣でレティシアが言う。
「ええ」
それだけだ。
王都は以前と変わらず整然としている。
通りは広く、石畳は磨かれ、兵士の鎧は曇りがない。
だが。
門をくぐった瞬間、空気の重さが分かる。
音は多いのに、流れが悪い。
人は動いているのに、決断が滞っている。
「……遅い」
思わず、呟く。
「何がです?」
「情報の循環が」
市場を通る。
価格は張り出されているが、更新が遅れている。
商人は、誰かの許可を待つように視線を巡らせる。
兵士は巡回しているが、指示を仰ぐ回数が多い。
整っている。
だが、詰まっている。
政務院に到着すると、セドリックが出迎えた。
「お越しいただき、感謝します」
「条件は承知しています」
形式的な挨拶は短い。
執務室に通される。
机の上には、山積みの書類。
「現状の資料です」
セドリックが差し出す。
エリアナは、立ったまま目を通した。
整理は完璧。
記録も正確。
責任の所在も明確。
だが。
「……判断が、上に集中しすぎています」
セドリックは、静かに頷いた。
「承知しています」
「承知しているだけでは、変わりません」
淡々とした指摘。
「本日から三十日」
エリアナは、書類を閉じる。
「私は決裁しません」
「ええ」
「ただし」
視線を上げる。
「失敗を隠さないこと」
「……当然です」
「当然ではありません」
王都は、失敗を外に出さない。
それが強さでもあり、硬直の原因でもある。
「最初にやることは」
エリアナは、窓の外を見た。
「失敗の可視化です」
セドリックは、一瞬だけ表情を硬くする。
「王都で、それを?」
「王都だからこそ」
沈黙。
遠くで鐘が鳴る。
かつて、自分が王妃候補として歩いた廊下を通る。
視線は向けられるが、囁きは少ない。
好奇の目はあっても、敵意はない。
戻ってきたのではない。
助言者として来ただけだ。
執務室を出ると、廊下の端で足音が止まる。
「……久しいな」
振り向かなくても分かる声だった。
「お久しぶりです」
エリアナは、振り向いた。
王太子は、以前と変わらない姿で立っている。
「戻るつもりはないと聞いた」
「はい」
「それでも、来てくれた」
「助言だけです」
視線が交差する。
感情は、揺れない。
「王都は、変わると思うか」
「変わる覚悟があるなら」
即答だった。
王太子は、小さく息を吐く。
「覚悟はある」
「なら、試されるのはこれからです」
言葉は、冷たくない。
ただ、事実だ。
廊下の窓から、王都の景色が見える。
美しい。
だが、まだ重い。
王妃にはなれなかった。
だが今、王都は彼女の決断を待っている。
戻るためではない。
変われるかどうかを、確かめるために。
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