第32話 引き留めない街
王都からの要請が届いたことは、隠さなかった。
だが、大きくも広げなかった。
翌朝、商人会の掲示板に簡潔な文が貼られる。
――王都より助言要請あり。検討中。
それだけだ。
市場で、その紙を見た者は足を止めるが、騒ぎにはならない。
「行くのか?」
「まだ決めていないらしい」
「ふむ」
それで会話は終わる。
かつてなら違った。
「行かないでくれ」と言う者が出ただろう。
「王都なんて放っておけ」と声を荒げる者もいたかもしれない。
だが今は、違う。
昼前、バルドが執務室に顔を出した。
「王都か」
「はい」
「条件は出すんだろう」
「出します」
バルドは頷く。
「なら、問題ない」
「……引き留めませんか」
エリアナは、わずかに尋ねる。
バルドは、肩をすくめた。
「引き留めて、どうする」
「街は?」
「回る」
即答だった。
「もし回らないなら、それは俺たちの責任だ」
それだけ言って、彼は去った。
午後、ロルフが現れる。
「王都は厄介だ」
「ええ」
「行くなら、期間を決めろ」
「決めます」
「長居はするな」
それは命令ではない。
ただの助言だ。
「……帰る場所はある」
ロルフは、ぶっきらぼうに言う。
「だが、戻れとは言わん」
エリアナは、静かに頷いた。
夕方、ミーナが駆け込んでくる。
「お姉さん、王都行くの?」
「まだ分からないわ」
「行っても、街は大丈夫だよ」
迷いのない目だった。
「だって、みんな決められるもん」
その言葉に、エリアナは小さく笑った。
「そうね」
「だから、心配しなくていい」
慰めではない。
事実の確認だ。
夜、ガイウスと並んで窓に立つ。
「反対は出なかったな」
「はい」
「少しは、惜しまれると思ったか」
「少しだけ」
正直だった。
ガイウスは、短く笑う。
「惜しまれても困るだろう」
「ええ」
沈黙が落ちる。
外では、灯りが揺れている。
いつも通りの夜。
「……成熟したな」
ガイウスが言う。
「街が、ですか」
「俺たちが、だ」
エリアナは、その言葉を胸の中で反芻する。
依存は、安心をくれる。
だが、成熟は、距離を生む。
それでも。
この距離は、温かい。
「三日後に返答します」
「条件は?」
「期間限定。権限限定。復帰はしない」
ガイウスは、深く頷く。
「それでいい」
夜、エリアナは記録帳を閉じる。
――引き留めなし。動揺なし。
それが、答えだった。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分は“縛られない”という信頼を得ている。
それは、どんな称号より重い。
三日目が、近づいていた。
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