第31話 王都からの正式要請
王都からの使者が来たのは、昼下がりだった。
特別な旗も掲げず、豪奢な馬車も伴わない。だが、その装いは整っている。中央の空気をまとった人間特有の、余白のない立ち姿だった。
城門前で止まり、形式どおりの通達を行う。
「王都政務院より、正式な依頼です」
差し出された文書は、封蝋が重い。
ガイウスが受け取り、視線だけでエリアナを呼んだ。
執務室で封を切る。
中身は簡潔だった。
――王都内の物流混乱および治安悪化に伴い、調整経験者の助言を求む。
名指しは、されている。
「……助言」
エリアナは、小さく呟いた。
「復帰要請ではないな」
ガイウスが言う。
「はい」
だが、その一文の裏にある意味は明白だった。
王都が、揺れている。
「状況は?」
エリアナは、使者に視線を向ける。
「詳細は口頭でと」
使者は姿勢を正した。
「流通網の一部が滞り、価格が急騰。治安部隊の指揮系統も混線しております」
言葉は整っているが、焦りは隠せない。
「政務院調整局長、セドリック・アルヴァーンより、直接の面談を希望しています」
名が出た。
王都調整局長。中央の中枢だ。
「……期限は?」
「できるだけ早く、とのことです」
急いでいる。
だが、命令ではない。
エリアナは、文書を静かに閉じた。
王都。
かつて、そこが自分の居場所になるはずだった。
婚約破棄の日、静かに離れた場所。
感情は、今はもう揺れない。
「返答は?」
ガイウスが問う。
「即答はしません」
使者が、わずかに目を見開く。
「急を要する案件と聞いておりますが」
「承知しています」
エリアナの声は、落ち着いている。
「ですが、私は王都の所属ではありません」
沈黙。
それは拒絶ではない。確認だ。
「三日、ください」
「……三日」
「検討し、条件を提示します」
使者は迷ったが、やがて深く頷いた。
「承知しました」
使者が去ったあと、執務室は静まり返った。
「どうする」
ガイウスが、短く聞く。
「分かりません」
正直な答えだった。
窓の外を見る。
リュネアは、今日も変わらず動いている。
自分がいなくても、回る。
それは確認した。
「……行けば、戻る理由を作られるぞ」
ガイウスの言葉は、感情ではない。
現実だ。
「戻りません」
エリアナは、即座に言った。
「戻るために行くのではありません」
「なら?」
「確認のためです」
何を、とは言わない。
王都が、変われるのか。
自分が、もう戻らないと決められるのか。
夕方、エリアナは一人で街を歩いた。
市場は落ち着いている。
倉庫街も、混乱はない。
兵士は巡回し、商人は値を決め、住民は生活している。
――完成ではない。
だが、運用はできている。
夜、執務室に戻り、記録帳を開く。
新しい頁に、短く書く。
――《王都要請。検討三日》
そして、筆を止める。
王妃にはなれなかった。
だが今、王都は“助言を求める側”になっている。
立場は、静かに入れ替わっていた。
三日後。
答えを出すのは、彼女だ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




