第28話 呼ばれない判断
決定は、エリアナの知らないところで下されていた。
それを知ったのは、昼を少し過ぎてからだった。
「……もう、決めたのですか」
執務室で報告書を受け取りながら、エリアナはそう口にした。驚きはあったが、声は平坦だった。
「決めた」
答えたのはガイウスだ。
「南の街道、グレイシャ側から条件が来た」
紙の上には、簡潔な要点がまとめられている。通行制限の一部解除。その代わり、共同管理区間の設定。警備費用の折半。期限は半年。
重い判断だ。
「交渉は?」
「商人会主導で進めた。最終確認は、ロルフと俺だ」
エリアナは、ゆっくりと紙を読み進めた。
条件は、悪くない。
だが、妥協も含まれている。
「……私には」
「相談しなかった」
ガイウスは、先に言った。
言い訳も、弁明もない。
「理由は?」
「呼ぶ必要がなかった」
一瞬、胸の奥がちくりとした。
だが、それは拒絶ではない。
むしろ、信頼に近い感覚だった。
「判断は?」
「街として、受ける」
エリアナは、しばらく黙っていた。
かつてなら、この場で前提条件を整理し、代替案を示し、決断の補助をしていただろう。だが今は違う。
「……記録は?」
「残している」
ガイウスは、別の紙を差し出した。
反対意見。
リスク。
想定される失敗。
すべて、書いてある。
エリアナは、静かに息を吐いた。
「十分です」
それだけ言った。
ガイウスは、少しだけ肩の力を抜いた。
「正直に言う」
「はい」
「呼ばなかったのは……試しでもあった」
エリアナは、顔を上げる。
「試す?」
「君が、戻ってくるかどうか」
彼女は、わずかに目を伏せた。
「戻りません」
即答だった。
「もう、この判断は街のものです」
「……そうだな」
ガイウスは、苦笑する。
「それで、どうだ」
「どう、とは?」
「不安は?」
エリアナは、少し考えた。
「あります」
「後悔は?」
「ありません」
その違いを、ガイウスは理解したようだった。
午後、ロルフが報告に来た。
「条件は、受けた」
「はい」
「治安面の調整は、俺が引き受ける」
「無理はしないでください」
「する時は、する」
それが彼の答えだった。
「……お前、口出ししないな」
「しません」
エリアナは、穏やかに言った。
「今日は、特に」
ロルフは鼻で笑った。
「慣れた」
その一言が、すべてだった。
夕方。
商人会の掲示板に、新しい通達が貼り出される。内容は簡潔で、理由と期限が明記されている。
人々は立ち止まり、読み、各々に話し合う。
誰も、城を見上げない。
誰も、エリアナの名を呼ばない。
それで、街は動いている。
夜。
エリアナは、一人で執務室に残っていた。
机の上には、未提出の紙が一枚ある。前提条件の整理案。いつでも出せるように用意したものだ。
だが、提出する理由はない。
彼女は、その紙を静かに閉じ、引き出しにしまった。
――呼ばれない判断。
それは、疎外ではない。
完成に近い証だった。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分は“呼ばれなくても成り立つ場所”を見ている。
それ以上の成功が、あるだろうか。
エリアナは灯りを落とし、部屋を出た。
廊下の先で、街の音が微かに響いている。
判断は、もう彼女の手を離れていた。
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