表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので王都を出ましたが、なぜか辺境都市を立て直し、王都より発展しています。  作者: はねださら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/50

第27話 短い不在

 出立は、朝だった。


 城門の前に荷車が一台。馬は一頭。控えめな旅支度にしては、随分と簡素だ。見送る者も多くはない。そもそも、知らせを広げていない。


「……本当に行くのか」


 ガイウスが言った。声は低いが、止める響きではない。


「三日だけです」


 エリアナは、手綱ではなく書類袋の紐を確かめる。目的は視察同行――レティシアの帰路に合わせ、第三都市同盟の流通資料を受け取るためだ。名目はそれで十分だった。


「仕事は?」


「回ります」


 自分で言っておいて、少しだけ胸の奥がざわつく。


 ――回るはずだ。


 事実として、回るように作った。判断権は分散し、手順は共有され、失敗も記録され、更新されている。あとは、動くだけ。


 それでも、不在は不在だった。


 ロルフが城門の影から現れた。兵士長らしく簡潔に頷く。


「見送りはこれで十分だな」


「はい」


「……こっちは任せろ」


「お願いします」


 いつもなら、ここで余計な言葉が入りそうなものだが、ロルフは言わない。代わりに、短く続けた。


「判断は、こっちでやる」


 それが、彼の誓いだった。


 バルドは市場へ向かう途中らしく、外套をひるがえして近づいてきた。


「三日なら、損は出ない」


「商人の言い方ですね」


「商人だからな」


 バルドは笑い、すぐ真顔になる。


「……こっちも、回す。心配するな」


「はい」


 エリアナは頷いた。言葉を重ねない。重ねた瞬間、依存が戻る気がした。


 荷車が動き出す。


 城壁の上から見える街は、静かに朝を迎えていた。灯りが消え、代わりに人が動き始める。いつもと同じ、ただの一日。


 ――その「ただの一日」が、どれほど難しいかを、彼女は知っている。


 ◇


 城門が見えなくなったところで、レティシアが並走してきた。彼女の馬は癖がなく、歩みも一定だ。


「見送りは、簡素ですね」


「それで良いのです」


「未練は?」


 レティシアは淡々と聞く。詮索ではなく、確認に近い。


「未練ではなく、責任があります」


「責任があるなら、留まるべきでは?」


「責任があるから、離れます」


 レティシアが、わずかに眉を上げた。


「矛盾しています」


「矛盾ではありません」


 エリアナは前を見たまま答える。


「不在で壊れるなら、まだ整っていない。壊れないなら、次へ進めます」


 レティシアはそれ以上言わなかった。肯定も否定もせず、ただ馬を進める。彼女にとっては、それが最大の同意だった。


 道中、流通資料の受け渡しは滞りなく終わった。形式的なやり取りと、必要最低限の確認。それだけ。


 夕刻、簡易宿で休む頃、エリアナの指先は妙に落ち着かなかった。


 何度も、リュネアの方角を見る。


 手紙は飛ばさない。報告も求めない。求めれば、守るべき「不在の意味」が揺らぐ。


 ――それでも。


 夜の灯りが消えたあと、静かに寝台へ横たわりながら、胸の奥で何度も同じ言葉を繰り返す。


 回る。回るはずだ。


 ◇


 一方、リュネアでは。


 エリアナが去った翌日、南区の倉庫街で小さな混乱が起きた。


 夜間搬入の共同手順に、わずかな行き違いがあった。時間の取り決めが曖昧だったのだ。誰が先に並び、誰が後になるのか。荷を降ろす順番。警備兵の誘導。


「話が違うぞ」


「いや、昨日はこうだった」


 声が上がり、周囲の人が足を止める。


 以前なら、誰かが「エリアナを呼べ」と言っただろう。


 だが、今日の空気は違う。


「兵士長に聞け」


 誰かが言い、もう一人が続ける。


「商人会にも知らせろ。ここで揉めても荷が遅れるだけだ」


 ロルフは、巡回の最中に呼ばれた。現場を見ると、まず一度だけ深く息を吐いた。


「……止めろ」


 声は大きくない。だが、周囲の動きが止まる。


「揉めるなら、昼にやれ。夜は“運ぶ”時間だ」


 商人が噛みつく。


「だが、順番が——」


「順番は、今決める」


 ロルフは、即座に言った。


「バルドを呼べ。今ここで、商人会の代表を出せ」


 数分で、バルドが到着した。外套の端を握り、状況を一瞥する。


「……時間割が曖昧だ」


「そうだ」


「なら、今決める」


 バルドは、紙と炭筆を取り出した。


「一時間刻みで区切る。優先枠は、腐りやすい品だけ。残りは順番制。例外は作らない」


「警備は?」


 ロルフが問う。


「搬入開始の十五分前に兵が立つ。遅れた分は次枠に回す。揉めたら、その場で止める」


 短い言葉が、次々に積み上がっていく。


 誰もエリアナの名を出さない。彼女のやり方を真似る者もいない。代わりに、彼らは彼らの言葉で決めた。


 結論は、完璧ではなかった。きっと明日、また微調整が必要になる。


 それでも。


 搬入は再開された。


 荷は動き、灯りが揺れ、倉庫街は夜の仕事へ戻った。


 遠くで見ていたミーナが、胸の前で小さく拳を握った。


「……回ってる」


 言葉は小さかったが、確かな実感だった。


 ◇


 三日目の夕方。


 エリアナは城門の前に戻ってきた。


 見送りは少なかったが、戻りを知っている者はいる。城壁の上で兵士が手を振り、門番が簡単に敬礼する。


 ガイウスは執務室にいた。机の上には整理された報告書が一束。彼は目を上げ、何も言わずにそれを差し出す。


 エリアナは、一枚目を開いた。


 南区倉庫街・夜間搬入手順の更新。

 商人会と兵士長の共同決裁。

 損失は小。混乱は収束。


 彼女は、紙を閉じた。


「……回りましたね」


「回した」


 ガイウスの声は短い。誇らしさも、疲れも混じっている。


「呼ばなかったな」


「呼ぶ理由がない」


 その返答に、エリアナの胸の奥が静かに温かくなる。


 ――本当に。


 ロルフが入ってきた。表情はいつも通り硬いが、どこか違う。


「問題は片付けた」


「ありがとうございます」


「礼はいらん」


 ロルフは、少しだけ目を逸らして言った。


「……お前がいない方が、早く決まることもある」


 エリアナは、少しだけ笑った。


「それは、良いことです」


「……くそ」


 ロルフは小さく悪態をつき、部屋を出ていった。


 バルドは最後に顔を出し、いつものように淡々と言う。


「損失は許容範囲。次はもっと減らせる」


「はい」


 全員が、自分の言葉で語っていた。


 エリアナは、執務室に一人残り、記録帳を開いた。


 ――《不在:三日。問題:小。対応:街内で解決》


 そして、少しだけ筆を止める。


 胸の奥に残っていた不安が、ゆっくりとほどけていく。


 王妃にはなれなかった。

 だが今、自分は“いなくても壊れない”という成功を受け取っている。


 それは、少し寂しくて――

 とても誇らしい。


 エリアナは灯りを落とし、窓の外を見た。


 街の灯りが、点々と揺れている。


 今日も、ただの一日が終わっていく。


 それが、何よりの証明だった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ