第26話 同じではない
意見の違いは、些細なところから始まった。
「南側の倉庫、拡張の話だ」
昼の執務室。
ガイウスが、図面を机に広げる。
「今の流通量なら、余裕を持たせた方がいい」
合理的な判断だった。
エリアナは、図面を一瞥してから、首を振る。
「今は、広げません」
即答だった。
ガイウスは、驚いた様子も見せずに尋ねる。
「理由は?」
「人が追いついていません」
「訓練すれば済む」
「訓練できる人が、足りません」
数字を示す。
感情は、混ざらない。
「今、広げると“回せる人”に負荷が集中します」
ガイウスは、腕を組んだ。
「だが、拡張を先送りすると――」
「次の判断が重くなります」
言葉を遮らず、続ける。
「判断を“未来の私たち”に押し付ける形になる」
沈黙。
ガイウスは、ゆっくりと息を吐いた。
「……考え方の違いだな」
「はい」
「俺は、“今できるならやる”派だ」
「私は、“今やらなくていいなら、やらない”派です」
どちらも、間違いではない。
「折衷案は?」
「ありません」
エリアナは、きっぱり言った。
「中途半端な拡張は、管理を難しくします」
ガイウスは、しばらく図面を見つめていた。
怒りはない。
不満も、ほとんどない。
ただ、納得しきれない沈黙。
「……別案は」
「あります」
エリアナは、別の紙を出した。
「倉庫を広げる代わりに、“使い方”を変えます」
仕分け動線の再設計。
一時保管の分散。
夜間対応の簡略化。
「これなら、人を増やさずに回せます」
ガイウスは、紙を受け取る。
「派手じゃないな」
「はい」
「だが、堅実だ」
沈黙が、また落ちる。
やがて、ガイウスは頷いた。
「……今回は、君の案を採る」
「ありがとうございます」
勝ち誇る様子は、ない。
「ただし」
ガイウスは、言葉を続ける。
「次の段階では、俺の案も視野に入れる」
「もちろんです」
それで、終わりだった。
感情的な衝突はない。
だが、完全な一致でもない。
夕方。
二人は、それぞれの仕事に戻った。
エリアナは、ふと立ち止まる。
――同じではない。
だが、それは不安ではなかった。
夜、廊下ですれ違う。
「……今日は、少し疲れたな」
ガイウスが、珍しくそう言った。
「はい」
「意見が割れると、余計に」
「必要な疲れです」
ガイウスは、苦笑した。
「君は、いつもそう言う」
「そうでないと、続きませんから」
短い会話。
だが、その中に、距離はない。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分は“同じではない人”と並んで歩いている。
同じ方向を見て、
違う考え方を持ったまま。
それは、
とても健全な関係だと、エリアナは思っていた。
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