第23話 見る人の目
リュネアに入った調査官は、二人だった。
だが、実質的に動いていたのは一人――
レティシア・クロウ。
「都市同盟、第三調整部所属です」
形式的な挨拶を終えた彼女は、名刺代わりの書状を差し出した。
ガイウスは、それを一読してから頷く。
「目的は?」
「視察です」
端的だった。
「最近、流通網の再編で名前が上がるようになりました。リュネアは」
「誰の名前で?」
ガイウスが、少しだけ意地悪く聞く。
レティシアは、首を傾げた。
「……それが、特定できません」
率直な答えだった。
「仕組みだけが話題に上がる。珍しい例です」
エリアナは、壁際でそのやり取りを聞いていた。
レティシアの視線が、ちらりと彼女に向く。
「あなたは?」
「エリアナです」
それ以上は、名乗らない。
「立場は?」
「調整役です」
レティシアは、一瞬だけ眉を動かした。
「決裁権は?」
「ありません」
「……なるほど」
興味が、わずかに増した。
その後、レティシアは街を歩いた。
市場、倉庫、巡回所。
だが、案内役はつけなかった。
「誰かに説明されると、判断が歪む」
それが、彼女の流儀だった。
商人に聞き、兵士に聞き、住民に聞く。
「困った時、誰に聞く?」
「担当に」
「担当がいなければ?」
「その場で決めます」
答えは、どこでも似ていた。
夕方、再び城に戻る。
「……奇妙ですね」
レティシアは、率直に言った。
「中心が、見えません」
「不安ですか」
ガイウスが聞く。
「いいえ」
即答だった。
「むしろ、健全です」
そして、エリアナを見る。
「あなたが中心ではない」
「はい」
「それを、恐れていない」
「はい」
短い応答。
レティシアは、少し考えてから言った。
「多くの調整官は、ここで不安になります」
「なぜです?」
「自分が不要になるから」
エリアナは、少しだけ目を伏せた。
「……不要になることは、悪いことではありません」
レティシアは、その答えをじっと見つめる。
「あなたは、ここを“完成”だと思っていますか」
「いいえ」
「では?」
「更新可能な状態です」
その言葉に、レティシアは小さく息を吐いた。
「……評価を訂正します」
「?」
「あなたは、有能な調整官ではない」
一瞬、空気が止まる。
だが、次の言葉が続いた。
「危険な調整官です」
ガイウスが、苦笑した。
「どういう意味だ」
「この人は」
レティシアは、エリアナを見て言う。
「どこに行っても、同じことができる」
「つまり?」
「ここ専用ではない」
それは、最大級の評価だった。
エリアナは、少しだけ戸惑ったように視線を逸らす。
「……そう、でしょうか」
「ええ」
レティシアは、はっきり言った。
「だからこそ」
一拍置いて、続ける。
「あなたを、ここに縛る理由がない」
沈黙。
それは、祝福にも、別れの予告にも聞こえた。
その夜。
エリアナは、一人で書類を閉じた。
――ここ専用ではない。
その言葉が、胸に残る。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分は「どこにでも行ける人間」になっている。
それは、少しだけ――
不安でもあり、誇らしくもあった。
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