第22話 名を呼ばれない街
リュネアに入ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
「……思ったより、落ち着いているな」
旅商人のハインツは、馬を進めながらそう呟いた。
辺境都市と聞けば、もっと雑多で、声が荒く、値段も定まらない場所を想像していた。だが、通りは整い、人の動きに無駄がない。
「検問は?」
同行の若い商人が聞く。
「あるが、煩くない」
兵士は必要なことだけを確認し、すぐに通した。
威圧も、無駄話もない。
「……変だな」
悪い意味ではない。
市場に入ると、すぐに分かる。
値段が、極端にぶれない。
「この布、昨日の都市と同じだ」
「運搬経路が違うはずなのに?」
商人同士が、小声で話す。
ハインツは、露店の主人に声をかけた。
「最近、街道が不安定だと聞いたが」
「ええ」
主人は、あっさり頷く。
「完全には戻ってません」
「それで、この落ち着きか?」
「慣れましたから」
あまりにも自然な返事だった。
「誰が、仕切っている?」
主人は、少しだけ考えてから答えた。
「誰、というわけでも」
ハインツは、眉を上げる。
「代官か?」
「違いますね」
「有力な商人?」
「それも、違う」
主人は、包みを手渡しながら言った。
「決める人は、それぞれいます」
「……分かりにくいな」
「でも、楽ですよ」
主人は、笑った。
「待たなくていいですから」
ハインツは、その言葉を胸に留めた。
倉庫街でも、同じだった。
荷の受け渡しは簡潔で、遅れが出ればすぐに説明がある。
誰かの顔色をうかがう様子はない。
「この街、強いな」
若い商人が、ぽつりと言う。
「派手じゃないがな」
ハインツは、そう返した。
夜、宿で酒を飲みながら、隣の卓の会話が耳に入る。
「リュネアのやり方、悪くない」
「決まりが多すぎない」
「でも、曖昧でもない」
誰も、個人の名を出さない。
英雄も、天才も、救世主もいない。
ただ、“やり方”が語られる。
「……この街」
ハインツは、杯を置いた。
「長く付き合える」
翌朝、彼は出立前に、最後に一度だけ城の方を見た。
特別な建物ではない。
人が集まっている様子もない。
だが、不思議と安心感があった。
――ここは、誰か一人が倒れただけでは崩れない。
それが、旅商人としての直感だった。
エリアナは、その頃、執務室で書類を整えていた。
外部からの評価報告が、一枚だけ机に置かれている。
「……安定している、か」
短い一文。
名前は、どこにも書かれていない。
彼女は、その紙を記録の束に挟んだ。
――それで、いい。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分の名が出ないことで、街が評価されている。
それは、何よりの成功だった。
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