第2話 調査未了・再建困難
地方都市リュネアへ向かう馬車は、王都を出てから三日目の朝、ようやく舗装路を離れた。
窓の外に広がる景色は、王都近郊の整った畑とは違い、ところどころ耕作が放棄されたままになっている。雑草が伸び、区画の境目も曖昧だ。かつては人の手が入っていた痕跡だけが残っている。
「……なるほど」
エリアナは、無意識にそう呟いていた。
護衛も兼ねた御者が、気まずそうに咳払いをする。
「ここ数年で、急に荒れまして。人が流出していると聞いております」
「理由は?」
「税の増加と、治安の悪化ですな。商人が寄りつかなくなったとか」
原因は一つではない。だが、連鎖は単純だ。
人が減り、税収が落ちる。補填のために税を上げ、さらに人が減る。治安が悪化し、商人が来なくなる。――よくある、そして最も厄介な崩れ方。
リュネアの城門が見えてきたとき、エリアナは小さく息を吐いた。
城門そのものは立派だ。だが、開閉を担当する兵士の数が少ない。動きも鈍く、緊張感に欠けている。
「王都からの調査官、エリアナ・フォルツです」
そう名乗ると、兵士は目を丸くした。
「……聞いておりませんが」
その反応に、エリアナは内心で頷く。情報伝達が滞っている。想定通りだ。
「こちらに書状があります」
封を切った兵士は慌てて姿勢を正し、急いで城内へと案内した。
代官執務室は、城の奥まった一角にあった。扉を叩くと、すぐに低い声が返ってくる。
「入れ」
中にいたのは、一人の男だった。
三十代前後。軍人上がりらしい引き締まった体つきだが、鎧は着ていない。机の上には書類が山積みで、どれも乱雑に置かれているわけではないが、整理されているとも言い難い。
「ガイウス・レインハルトだ」
名乗りは簡潔だった。
「エリアナ・フォルツです。本日より、街の調査に入らせていただきます」
ガイウスは一瞬だけ眉を動かした。
「……王宮から?」
「はい」
「そうか」
それ以上、余計な感想はなかった。歓迎も、警戒もない。ただ事実を受け取った、という顔だ。
「まず、街の現状を把握したいのですが」
「案内はつける。だが――」
ガイウスは言葉を切り、エリアナをまっすぐ見た。
「期待はしない方がいい。この街は、もう何人も調査官を追い返している」
「追い返したのではなく、戻ったのでは?」
彼女の返答に、ガイウスはわずかに口角を上げた。
「言い方の問題だな」
「結果が同じなら、原因を見ます」
そう言って、エリアナは机の上の書類に視線を落とした。
「これは、税収一覧ですね」
「ああ」
「こちらは兵站。……兵士の数に対して、食糧配分が不均衡です」
ガイウスは黙っていた。否定もしない。
「街を回らせてください」
「止めない」
街は、静かだった。
人はいる。だが活気がない。露店は数えるほどで、通りを歩く人々の視線は下を向いている。空き家も多く、窓が板で塞がれた建物が目立った。
「仕事が、分からないんです」
案内役の少女――ミーナが、ぽつりとそう言った。
「分からない?」
「はい。前は、何をすればいいか、誰に聞けばいいか分かってました。でも今は……」
言葉は途中で途切れた。
エリアナは足を止め、街を見回す。
人も、物も、完全に失われてはいない。
ただ、繋がっていない。
「……原因は、能力不足じゃない」
誰に言うでもなく、彼女は呟いた。
執務室に戻ると、ガイウスが待っていた。
「どうだ」
「直せます」
即答だった。
ガイウスは驚いた様子もなく、ただ一言だけ返す。
「理由は?」
「人が足りないのではなく、判断が止まっているだけです」
「簡単に言うな」
「簡単ではありません。でも、複雑でもない」
エリアナは、書類の山に手を伸ばした。
「ここは、私が決める場所ではありません。ですが――」
顔を上げ、ガイウスを見る。
「整えることは、できます」
その言葉に、彼はしばらく沈黙した後、短く頷いた。
「……好きにしろ」
それは許可であり、責任の委譲だった。
エリアナは、その重みを正しく理解していた。
王妃にはなれなかった。
だが、街を立て直すには――
これ以上ない場所だった。




