第19話 まねをする、ということ
ミーナは、朝からそわそわしていた。
市場の端で、箱を並べながら、何度も視線を動かす。人の流れ、声の大きさ、立ち止まる時間。最近、エリアナがよく見ているものだ。
「……今日は、ちょっと多い」
誰に言うでもなく、呟く。
最近、街の動きが変わった。
決めるのが早くなった。
誰かの指示を待つ時間が減った。
それは、いいことだと思う。
――だから。
「今日は、私がまとめてもいいかな」
ミーナは、小さく拳を握った。
昼前、露店の一角で小さな揉め事が起きた。
「この時間に来るって聞いてたのに」
「いや、今日は遅れるって話だったはずだ」
配達の順番が食い違っている。
以前なら、誰か年長者が間に入っただろう。
ミーナは、一歩前に出た。
「えっと……」
二人の商人が、同時に彼女を見る。
「順番、整理しますね」
声は少し震えていたが、逃げなかった。
「今日は人が多いから、先に軽い荷を出して、その後で――」
言いながら、頭の中で“エリアナならどうするか”をなぞる。
情報を集めて、順番をつけて、全体を見る。
「……それなら、俺は後でいい」
「うちは、先に出せるなら助かる」
一瞬、うまくいったように見えた。
だが。
「待ってくれ」
別の声が割り込む。
「それだと、うちの荷が今日中に出せない」
ミーナは、言葉に詰まった。
――想定していなかった。
周囲の視線が、少しずつ集まる。
期待と、不安が混じった目。
「えっと……」
沈黙。
そこで、ミーナは初めて気づく。
エリアナは、ここで“すぐに答えを出さない”。
なのに、自分は答えを出そうとしている。
「……ごめんなさい」
ミーナは、一度頭を下げた。
「私、ちゃんと聞けてなかった」
商人たちが、少し驚いた顔をする。
「一回、全部教えてください」
誰が、何を、どれくらい困っているのか。
時間はかかった。
昼を少し過ぎた頃、ようやく整理が終わる。
結果は、最初の案とは違った。
全員が得をするわけではない。
だが、全員が納得できる形だった。
「……ありがとう」
誰かが、そう言った。
ミーナは、へたり込みそうになるのをこらえた。
夕方、エリアナはその話を聞いた。
「失敗しました」
ミーナは、正直に言った。
「最初、うまくいくと思ったの。でも、途中で分からなくなって……」
エリアナは、責める様子もなく頷く。
「何が、一番違いましたか」
少し考えてから、ミーナは答えた。
「……急ぎすぎた」
「どうして?」
「“決めなきゃ”って思ったから」
エリアナは、静かに言った。
「私は、決めていません」
「え?」
「決める人が決められるように、並べているだけです」
ミーナは、その言葉を何度か頭の中で転がした。
「じゃあ……私、真似しようとして、違うことしてた?」
「はい」
即答だった。
「でも、それでいいです」
「いいの?」
「真似は、入口です」
エリアナは、少しだけ笑った。
「同じにならなくていい」
ミーナは、胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
夜、ミーナは日記に書いた。
――今日は、途中で止まった。
――でも、逃げなかった。
――それは、前より少しだけ進んだ。
エリアナは、その様子を遠くから見ていた。
――街は、学び始めている。
自分のやり方を、
自分なりに、間違えながら。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分は“正解を教えない人”でいられている。
それが、この街にとって、
きっと一番の贈り物だと、エリアナは思っていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




