第14話 話さない人
会議は、いつもより人数が多かった。
代官執務室の中央には大きな机が置かれ、その周囲にロルフ、バルドをはじめとした商人代表、兵士の副官、倉庫管理者などが集まっている。
エリアナは、その一番端の席に座っていた。
資料は持っていない。
発言の準備も、していない。
「まず、状況を整理する」
口を開いたのは、ガイウスだった。
「グレイシャ側は街道の通行制限を正式に通達してきた。完全封鎖ではないが、実質的には流通が滞る」
「期限は?」
バルドが即座に問う。
「明言なし。向こうの事情次第だ」
「……つまり、長引く可能性が高い」
空気が、少し重くなる。
ロルフが腕を組んだ。
「力で押し返す、という選択肢は?」
「却下だ」
ガイウスは即答した。
「小競り合いになれば、街道は完全に閉じられる」
「分かってる」
ロルフは舌打ちした。
「だが、なめられているのも事実だ」
「それも、事実だな」
議論は、自然と熱を帯びていく。
商人たちは損失を訴え、兵士側は治安悪化を懸念し、管理者は備蓄の限界を示す。
エリアナは、それを黙って聞いていた。
視線を動かし、誰が何を気にしているのかを整理する。
声の大きさではなく、言葉の裏にある恐れを見る。
「……エリアナ」
バルドが、ふと彼女の名を呼んだ。
室内の視線が、一斉に集まる。
「何か、意見は」
エリアナは、少しだけ間を置いた。
――ここで話せば、簡単だ。
論点を整理し、落としどころを示すこともできる。
だが。
「ありません」
短く、そう答えた。
一瞬、沈黙。
「……は?」
ロルフが眉をひそめる。
「本当に?」
「はい」
エリアナは、穏やかな表情のままだった。
「これは、リュネアの判断です」
それだけ言って、口を閉ざす。
空気が、ざわついた。
「責任を放棄するのか」
誰かが、苛立ち混じりに言った。
「いいえ」
エリアナは、首を振る。
「責任を、返しています」
その言葉に、ガイウスが静かに息を吸った。
「……続けよう」
会議は、再開された。
だが、今までとは違う。
誰もが「エリアナの答え」を待たなくなった。
自分の言葉に、責任を持たざるを得なくなった。
「商人主導で交渉を続けるなら、譲歩案が必要だ」
「だが、譲りすぎれば前例になる」
「一時的な迂回路を使えないか?」
「費用は?」
意見は割れ、ぶつかり、何度も行き詰まる。
それでも、止まらなかった。
エリアナは、ただ聞いていた。
――これでいい。
途中、ミーナが差し入れを持ってきた。
「お水です」
「ありがとう」
彼女は、エリアナの隣に水を置き、小さく囁く。
「お姉さん、今日は静かだね」
「今日はね、聞く日なの」
「ふーん」
ミーナは、よく分からないまま頷いて去っていった。
長い議論の末、結論は一つにまとまらなかった。
だが、方向性は見えた。
「……一度、交渉を続けつつ、別ルートを模索する」
ガイウスが、疲れた声でまとめる。
「完全解決ではないが、今できる最善だ」
誰も異論を出さなかった。
会議が終わり、人が去っていく。
最後に残ったのは、ガイウスとエリアナだけだった。
「……何も言わなかったな」
「はい」
「苦しくなかったか」
「少し」
正直な答えだった。
「でも、必要でした」
ガイウスは、机にもたれかかる。
「前なら、全員が君の言葉を待っていた」
「それは、危険です」
「分かってる」
彼は、苦笑した。
「今日の会議、正直に言うと……」
一拍置く。
「面倒だった」
エリアナは、わずかに笑った。
「それで、いいんです」
「街が、大人になったということか」
「はい」
エリアナは、窓の外を見た。
夕暮れの街。
人々は、それぞれの判断で動いている。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分は“答えを出さない人”になっている。
それが、この街にとって、
何よりの成長であることを、彼女は知っていた。




