第13話 正しい人たちの衝突
知らせは、朝の執務が始まって間もなく届いた。
「南の街道が、止められました」
報告に来たのは、商会の若い使いだった。息が少し上がっている。
「止められた、とは」
エリアナが問い返すと、使いは困ったように眉を寄せる。
「正確には……通行制限です。隣接都市グレイシャの名で」
ガイウスが顔を上げた。
「理由は?」
「向こうの説明では、“自都市の物資確保を優先するため”だと」
それを聞いた瞬間、ロルフが低く舌打ちした。
「ふざけた話だ」
「そうでしょうか」
エリアナは、即座に否定しなかった。
ロルフと商人代表のバルドが、同時にこちらを見る。
「グレイシャは、我々より人口が多い。最近は向こうも不安定だと聞いています」
「だからって、街道を塞ぐ理由になるか」
「彼らにとっては、なります」
エリアナの声は、落ち着いていた。
「“正しい判断”です」
その言葉に、室内の空気がわずかに張り詰める。
「……あんた、どっちの味方だ」
ロルフが、険しい声で言った。
「どちらの味方でもありません」
エリアナは、視線を下げずに答える。
「これは、善悪の問題ではないので」
机の上に、簡易地図を広げる。
「グレイシャは、自分たちの生活を守るために制限をかけた。こちらは、流通が止まると困る」
「つまり?」
「正しさが、ぶつかっています」
バルドが、腕を組んだ。
「交渉は?」
「必要です」
「なら、あんたが――」
言いかけたバルドの言葉を、エリアナは静かに遮った。
「私は行きません」
ロルフが、目を見開く。
「何だと?」
「これは、リュネアの問題です」
「分かってる。だから――」
「だからこそ、です」
エリアナは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「私が前に出れば、相手は“王都の人間が来た”と受け取る」
「それの何が悪い」
「対等でなくなります」
沈黙。
ガイウスが、初めて口を開いた。
「……つまり、俺たちでやれと」
「はい」
即答だった。
「判断も、交渉も」
ロルフは、しばらく黙っていたが、やがて低く笑った。
「随分と、突き放すな」
「突き放していません」
「同じだ」
「違います」
エリアナは、はっきりと言った。
「任せています」
その言葉に、ロルフは言葉を失った。
これまで、誰かに判断を“任せられた”ことはあっても、
責任ごと任せられたことは、ほとんどない。
「……失敗したらどうする」
「失敗します」
エリアナは、淡々と答えた。
「でも、致命的にはなりません。街道は一つではありませんし、備蓄もあります」
「随分と冷静だな」
「冷静でいないと、判断できません」
ガイウスは、深く息を吐いた。
「交渉団は?」
「商人主導で。ロルフは護衛を」
「俺が前に出るのか」
「はい。向こうも、兵を出すでしょうから」
ロルフは、鼻で笑った。
「面倒な役だ」
「信頼しています」
その一言に、ロルフはそれ以上何も言わなかった。
会議が終わり、人が散った後。
ガイウスが、エリアナに小さく言った。
「……本当に、口出ししないつもりか」
「しません」
「それで、街が傷ついても?」
「傷つかない街はありません」
エリアナは、窓の外を見る。
「重要なのは、立ち直れるかどうかです」
午後、交渉団は街を発った。
エリアナは見送らなかった。
執務室に残り、いつも通り書類に目を通す。
心配がないわけではない。
だが、手を出す理由もない。
「……成長には、摩擦が必要」
それは、王宮では許されなかった考え方だ。
夕方。
街は、いつもと変わらず動いていた。
誰もが、結果を知らない。
それでも、生活は続く。
エリアナは、その様子を見て、静かに思う。
――これが、自走だ。
王妃にはなれなかった。
だが今、自分は「決めない」という役割を選んでいる。
それが、この街にとって、
最も正しい選択であることを信じて。




