第1話 王妃にはなれませんでした
王妃には、なれませんでした。
それが告げられた日のことを、私は今でもはっきり覚えています。
理由は単純でした。
「華がない」「前に出ない」「王妃向きではない」。
けれど私は、感情的にはなりませんでした。
なぜなら――
それが、事実だと分かっていたからです。
これは、
選ばれなかった私が、
自分で生きる場所を選び直す物語です。
会議は、滞りなく進んでいた。
誰かが声を荒げることもなく、無駄な沈黙が流れることもない。議題は事前に共有され、必要な資料は机の上に揃っている。発言の順序すら、決めた覚えはないのに自然と整っていた。
エリアナ・フォルツは、会議卓の端に座りながら、その様子を静かに見渡していた。
「――以上を踏まえ、北部穀倉地帯への輸送量は、今月は抑制する方向で」
彼女がそう言うと、王太子レオンハルトは一瞬だけ考え込み、すぐに頷いた。
「そうだな。それで行こう」
異論は出なかった。宰相も、財務官も、誰一人として反対しない。エリアナは胸の内で小さく息を吐いた。いつも通りだ。彼女は決して決定権を持たない。ただ、判断材料を揃え、流れを整えるだけ。
「最終判断は殿下がなさることです」
そう言って、一歩引く。それが彼女の立ち位置だった。
会議が終わり、人々が席を立ち始めた頃、王太子が咳払いをした。
「……エリアナ、少し残ってくれ」
空気が変わったのを、彼女は感じ取った。だが表情には出さない。これも、予感していたことの一つだった。
他の重臣たちが退出し、広い会議室に二人きりになる。高い天井から差し込む光が、床の大理石に白く反射していた。
「単刀直入に言おう」
レオンハルトは、どこか疲れたような顔でエリアナを見た。
「君との婚約を、解消したい」
一瞬、音が消えた気がした。
――やはり、来たか。
驚きはなかった。ただ、胸の奥が少しだけ冷えた。
「理由を、伺っても?」
声は、我ながら落ち着いていた。
「君が悪いわけではない」
王太子は、慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「君は……正しすぎる。民のことを考え、制度を整え、滞りを嫌う。その姿勢は評価している」
だが、と彼は続ける。
「王妃には、華が必要だ。象徴としての存在感が」
エリアナは黙って聞いていた。否定も、反論も浮かばない。
「君は、王妃向きではない」
それは能力否定ではなく、人格否定でもない。役割の話だ。そして彼女は、それが事実だと理解していた。
「……承知しました」
その返答に、レオンハルトはわずかに目を見開いた。
「怒らないのか?」
「怒る理由が、分かりませんので」
理不尽だとは思う。だが、感情論で覆せるものではないことも分かっていた。これは、好みの問題だ。論理ではどうにもならない。
「婚約は、これで正式に破棄とします」
「はい」
エリアナは深く一礼した。それで、この場は終わった。
王宮を出るとき、彼女は立ち止まり、振り返った。
高く聳える城壁。その中で、彼女は多くの時間を過ごしてきた。誰よりも早く資料を読み、誰よりも遅くまで残り、問題が起きる前に手を打つ。そうして王都は、今日まで大きな混乱なく回ってきた。
だが、それが評価されることはなかった。
「……王妃には、なれませんでしたね」
独り言のように呟き、歩き出す。
屋敷に戻ると、荷造りは簡単だった。必要なものは少ない。彼女は最後に、机の上に積まれた書類の束に目を留めた。
その一番下に、赤字で記された一行があった。
――《調査未了・再建困難 地方都市リュネア》
何度も後回しにされてきた案件だ。人手不足、財政難、治安悪化。誰もが「面倒だ」と口を揃える。
エリアナは、その紙を一枚だけ抜き取った。
「……ここは、私が決める場所じゃない」
そう呟いてから、少しだけ言葉を考え直す。
「でも――」
紙を畳み、鞄に入れた。
王妃にはなれなかった。
けれど、世界が回る場所は、きっと他にもある。
その場所を、彼女はこれから探しに行く。
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