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要らない子って言いましたよね?

作者: 鷹のつめ

 つい先日のことだ。

 私は母親に"あなたは要らない子"宣言を受けて家を飛び出した。


 理由は簡単だ。

 期待に応えられなかった私に、母は落胆し失望した。

 母からすればこの結果は想定外のものであり、それによって私という存在価値も皆無となってしまった。

 もちろん私にとってもこんな展開は予想外。


 何があったのかというと、私ことセラは——

 とどのつまり婚約破棄されたという話です。



 子爵家令嬢として唐突に婚約破棄を言い渡された私は、ありのままの事実を嘘偽りなく母へと報告した。

 私の話を聞いた母は、苛立ちを全く隠すことなく憤慨し気分を害していた。

 婚約者の相手の身分は伯爵で名はケイロス。

 いくら高位の相手とはいえ、此度の一件は屈辱以外の何物でもない。

 私たちの顔に泥を塗るような行為を行った婚約者に対して、怒りをあらわにしてくれている。


 いつもは厳格な母でも心のどこかでは、私を守ってくれると思っていた。


 そしてこのような横暴な判断を下した婚約者——伯爵家のケイロスを糾弾し、今一度婚約破棄を考え直していただくために一緒に立ち上がる。

 そんな淡い期待を抱いていた時期が私にはあった。


 だけど今思えば希望的観測、願望でしかなかった。

 そう信じていたかった、だけ。

 厳格だったのは私のためを思ってのことではなく、全ては自分自身のため。

 怒りに狂っていたのも、面と向かって罵倒されて私は気づかされた。


 母の矛先は突然、「婚約破棄だ!」などと宣言し始めたケイロスに対して——ではなく。

 婚約破棄を言い渡された不甲斐ない娘に対してのものだったのだ。

 母の心ない言葉の砲弾を次々と浴びせられ、疲弊し切っていた私の精神はさらに削られた。


 とはいえ、いつも通り平常運転といえば平常運転だった。

 自身の地位向上のため、婚約の道具として私を利用する。

 元より私に期待していたのはそれだけ。

 これまで私が担っていた役割は妹が引き継ぐのだろう。


 結果、思惑通りにはいかず母の罵詈雑言は加速していった。

 耐えて、耐えて、耐え抜いて、我慢して。

 そして私は母から見限られて、家を追い出されるように自ら出て行った。

 学園の寮に押し込まれ、初めはそれなりに自由を堪能していたが。


 けれども私にも不満はある。

 私は子爵令嬢として、これまで母の言いつけ通りに物事を成していた。

 言いつけを守り令嬢としての立ち居振る舞いを続け、母からの指導も耐え抜いてきた、その自負は持っているつもり。

 だが結果は散々。

 そこは致し方ないにせよ、その責任全てが私一人のものだなんて、いくら何でもあんまりだと思う。


 それだけではない。

 ケイロスが婚約破棄を宣言した時に浮かべていた私を侮蔑したような笑み。

 一連の噂を聞いた者たちから向けられる奇異な視線に晒された毎日。

 せっかく母から解放されたというのに、これではこれまでの息苦しい日々と何も変わらない。

 だから私は決心する。

 この状況を打破するために私は全ての者に対して——見返すと。



 とにかく私は知識を得る必要があり本を読んでいた。

 文献を漁り、自分の知恵へと変える。

 所有していた書物のみには飽き足らず、日中は学園の図書館へと入り浸った。

 ジャンルは問わず、ありとあらゆる本を読み耽る。どこにどんなヒントが隠されているか分からない。

 どうすれば母やケイロスを見返して、周囲の評価を変え平穏な日々を送れるか、それだけに集中していた。

 何日も没頭し続けて、そうして私はついに一つの解へと行き着いた。


「そうだ。私がケイロスよりももっと高位の者と婚約すればいいんだ」


 突然降って湧いてきたその発想に私は身震いしながら呟いていた。

 成功すれば、今抱えている問題は全て解決される。

 どこからか「へぇ〜」と妙に親近感のある納得された声も、私にとっては喝采に等しい。

 一分の隙も無い見事な思考に感嘆の声が漏れ出ているのだと内心で私は頷く。


「でも、そんなことが可能なの?」


 そう。問題はそこなんだよね。

 多少強引ではあるものの勝算は——あるとは言い難いな。

 ケイロスに婚約破棄されるような私に興味を抱いてくれる稀有な心を持った者が存在するのか。


 その後も深く考え続けていたが、悩み抜いても道筋は立たない。

 天の声からの問い掛けに幾度となく返答を続けていたが、次第に違和感を覚えた私はパッと視線を上げる。


「——レイ、エル?」


 視界の中には見覚えのある顔が映し出されていた。

 両手で頬杖をついた状態で、ニンマリとした表情でこちらを見つめている。

 じっくりと眺められ、まるで今まで観察していたかのように。


「もしかして、今までの全部聞いてた?」


「相変わらずの集中力だなって、感心してた」


——がぁぁぁあああ!!!


 内心発狂した。

 表情から察するに、思考が全て筒抜けで私の様子を観察して楽しんでいた。

 彼の名はレイエル。

 父の知り合いの子供で幼い頃からの付き合い——いわゆる幼馴染というやつだ。


 だけど聞かれていたのが彼で良かった。

 一瞬、肉体に熱を帯びるのを実感し肝を冷やしたが、間近にいたのがレイエルと知って少し安堵した。

 しかしまだ完全に気は抜けない。

 レイエル以外の他の誰かに聞かれでもしたら。


「安心しなよ。今ここにはボクたちしかいないから」


「ほんと? なら良かった……!」


 全身から力が抜けるようにして、私は思わず大きく息を吐いた。

 それに別の意味での緊張感も少しだけあった。

 私が婚約破棄された話くらい小耳に挟んでいるだろうに、レイエルだけはいつもと変わらず接してくれている。

 彼の言動はこれまでと何も変わらずいつも通り。

 それが今の私には堪らなく嬉しくもあった。


「それで? どうしてセラはその結論へと至ったの?」


「——えっ?」


 じーっと、一心に私を見つめて視線を固定するレイエル。

 彼からの圧力だろうか互いにその場から動いていないはずなのに、徐々にレイエルの存在が近づいて引き込まれていくような感覚に陥る。

 目線を外すことすら許されない威圧感を肌で感じていた。

 どうやら理由を話すまで私を逃すつもりはないらしい。

 このままでは埒が明かないと判断し、観念した私は事情を説明した。


「——————」


 全てを話し終えて、しばらくの間沈黙の時間が訪れた。

 二人だけの空間で重苦しい空気に耐えていると。

 次第に彼は時が経つにつれ、途切れ途切れに吐息を漏らし始め、小刻みに身体を震わせ始める。


「ふ、フフッ——」


「——レ、レイエル…………?」


「フッ……ハッハッハァ——!!!」


 呼び掛けと同時に、自ら堰き止めていたものが噴き出していた。

 あまりにも無謀だと、腹が捩れるほど笑いが止まらないのか。

 今の自分の立場を考えたら、そういう反応になるのも必然といえば必然なのかもしれない。

 それでもレイエルの反応を目の当たりにし、私の中でも沸々と湧き上がってくるものがあった。


「でも私はやるって決めたから! 絶対成功させるから見ててよ!」


「いやぁ〜、ゴメンゴメン! 実にセラらしいやり方だなって思ったら思わずね。だけど——それならもっと良い方法がある」


 意気揚々と彼は宣言した。

 その表情、見てるとなんかイラッとくる。自信満々って感じで。

 そんな都合の良い手段があるとは思えないのだけど。

 私を宥めるために咄嗟に適当なこと言ったんじゃないの? と疑り深い目でレイエルを見ていたのだが、彼は臆することなく続けた。


「簡単なことだ。そんな回りくどいやり方しなくても、この方法なら——」


 自信ありげに不敵な笑みを浮かべながら、レイエルは方法を提示する。


「——まずは手紙を書くんだ」




 正直、半信半疑ではあった。

 上手くいくと確信があるわけではない。

 ただ一泡吹かせる——この一点集中のみなら、より効果的だと判断した。

 私はその日のうちにレイエルの方法を実践するため、手紙を書いて母に送付した。

 内容は以下の通りで。


——この度、私ことセラは公爵様と婚約したことをここにご報告致します。


 中身も"公爵様と婚約した"この一文のみを添えただけ。

 もちろん嘘である。

 ただ母もそれは理解していることだろう。

 そんな急な話がとんとん拍子に進むはずもない。

 都合の良いことを言ってまた家に戻してもらおうと、そんな腹づもりで今回の虚言に打って出たと——

 母はそんな風に思っただろう。


 手紙を送った数日間は何の音沙汰もなく過ぎていったが、ある日を境に鬼のように手紙が届き始めた。

 送り主は母——のみならずもう一人。

 ケイロスからだった。


 私は思わず二度見する。

 予想外すぎて私の頭の中には疑問符が浮かんでいた。

 母からの返信があまりにも早すぎるのにも想定外であったが、その上ケイロスからも手紙が届くとは思いもよらなかった。

 彼とはあれから一切関知していなかったのに。


 送られた二人からの手紙の中身を要約すると。

 母からかなり強い口調で"家に戻って来なさい!"と。

 ケイロスからは婚約破棄は無かったことにする旨と"もう一度セラと婚約してやる!"と強気な姿勢の手紙が送られていた。


——どういうこと……?


 怒涛の手紙の連続に、理解が追いつかなかった。

 こうなる想定はまだ先の話とばかり。

 嘘の手紙を送った以外、まだ何もしていないというより出来ていない。

 当初の想定では母に送った手紙は私なりの宣言のつもりで、現時点で嘘だと見抜かれていたとしても多少の動揺を誘えれば今はそれで十分だと思っていた。


 だが、手紙の連鎖が止まることはなく。

 もちろん私から返事を書くこともしなかった。

 来る日も来る日も、私の部屋に手紙が届き続け、日に日に量も増えていく。

 毎度同じような文面だと知りつつ、それでも一応内容には目を通していた。


 私を"要らない"と言ったのは母だ。私から一切返事をする気はない。

 母からの手紙の中身は相変わらずで、言葉の荒々しさが目立つばかりであったが。

 次第にケイロスの手紙からはある変化が見え始めた。


 文面にはケイロスは私との婚約を破棄した後、前々から好意を寄せていたライナという女と婚約までは行ったようで。

 当初は彼女もケイロスとの婚約に満更でもなかったらしいが、事態は一変した。

 急に彼女から一方的に婚約を破棄され、結果彼の元に伴侶となる相手はいなくなってしまい。

 ケイロスの家族にも半ば強引に婚約を破棄してライナを選んだ手前、今更婚約者がいませんとも言い出せず。

 また私に復縁を迫るため、手紙を送って来たらしい。

 だが一向に私からの返事がないことに焦りが募り、回数を重ねる度に悲痛さの滲み出た内容へと変化していったのだった。

 時が経つにつれ下手に、より低姿勢になっていくケイロスの焦っている姿がひしひしと伝わり、とても清々しい気分だよ。



 一方で母から手紙が送られてくることについては釈然としなかった。

 手紙の文字の分量や送られた枚数もケイロスとは比較にならないくらい多い。

 一度見限ったはずの私に拘る理由は何なのか?

 ケイロスとの婚約が再び見込めるからなのか?

 だけどそれが一番妥当な線なのかもしれない。


——婚約破棄された私が、よりを戻すわけがないけど。


 仮にそうだとするなら、ケイロスが話をしに行く必要がある。

 しかし元から私の母と接点があったとは思えない。

 それに一方的に婚約破棄したケイロスが、今更どの面下げて母に根回ししに行くだろうか。

 私との復縁も直接ではなく、手紙を介してというのに。

 彼にそんな度胸があるとは考えにくい。



 皆目見当がつかないまま数日放置したある日以降。

 痺れを切らしたようで、これまで私に拘っていた理由が判明した。


——公爵様と婚約したんでしょ! なら早く顔を見せに来なさい!


「——はぁ? なんで……?」


 私はその文面に目を疑った。

 にわかに信じ難いが、どうやら私の嘘を完全に真に受けてしまっていたようだ。

 この嘘自体は”嘘と見抜かれる”前提で計画を立てていたのに。

 根も葉もない、ただの一方的な宣言を信じてしまっている現状では仮に目的を達成しても効果が弱まってしまう。

 逆に私の狙いを察した上での母からの揺さぶりなのかもしれない。

 どちらにせよ——


「——まずい…………!」


 時間をかけて伯爵の地位を有するケイロスよりも、もっと高位の者と婚約し母を見返す。

 見返すことに意義があると信じて、そのための宣言だったのに。

 私は新たな対策を練るため、急いでレイエルの元へと向かおうと玄関の扉を開ける。すると——


「ちょっと話さないか?」


 行動を予知していたかのように、彼の姿がそこにはあった。



 私はレイエルの邸宅に招待され、彼の自室へと赴いた。

 早速だが、予想だにしない母の行動についての見解を得るためレイエルに手紙を見てもらった。

 私には何か裏があるとしか考えられない。

 逆に文面通りに私の主張をそのまま信じているとしたら、疑うことを知らなすぎてとても母らしくない。

 母の行動原理を考えれば考えるほど深みにハマるというか、私自身にも何がどうなっているのかさっぱりだった。


「どう思う? これって母上の罠なのかな? だとしてもそんなこ——」


「——おめでとう! これで当初の目的は果たしたわけだ」


「——ふぇっ…………?」


 突然の祝福に呆然とするしかなかった。

 理解が及ばなかったのだ。

 私はこの手紙の内容に疑心暗鬼になって恐怖すら覚えているというのに、どこにそのような要素があるというんだ。

 頭が真っ白になって呆ける私に、再度レイエルは手紙を見せてくる。


「どういう……ことなの?」


「セラ——この手紙、ちゃんと最後まで読んだのか?」


「いや……切羽詰まっていたから、まだ全部は……」


 レイエルから母の手紙を受け取って、再び一から読み始めた。

 内容はさしていつもと変わらない。

 叱責、罵倒の数々が目立つのだがァ——ッ!

 ある一文に私の目を引くものがあった。

 何度か目をぱちくりさせ、何度も対象者と手紙と交互に視線を行き来して確認する。


「——レイエルって…………公爵様、だったの…………?」


「そだよー」


「めちゃ軽ッ! ——はッ!」


 よくよく読み返して見ると、"公爵家の令息——レイエル様"と目の前の人物の名称が所々に紛れ込んでいた。

 悪戯好きの子供のような笑顔を浮かべて、自然体で特に気にする素振りも見せずレイエルは自らの正体を明かした。

 まさか私よりも高位の存在とは思いもよらず、動揺からか冷や汗が止まらない。

 これまでの馴れ馴れしく、そして数々の無礼な態度や言動。

 全くもって許されざる愚行だ。


——ど、どうしよう…………


「家庭の事情でね。父上からの言いつけで、今まで自らの身分を明かすことは控えていた。明かすのは必要と判断した時だけ——」


 あたふたと狼狽する姿を見て、彼はクスクスと笑っていた。


「——もしかして…………」


「どうかした?」


「いえ、何でもありません」


 ケイロスがライナという女から婚約破棄された件について、関わりがあるのか尋ねようかとも思ったが詮索するのを止めた。

 彼の様子を見ていると何となく察していた。


「どお? 上手くいったでしょ!」


 終始レイエルは満足げだった。

 私が長い時間をかけて、自らの力で取り除こうとしていた障壁は関知することなくすでに消え去ろうとしていた。


「で、でも、よろしいのですか? 私なんぞに身分を明かしになられても、いくら昔からの(よし)みで助けていただいたとはいえ——」


「——ボクがそんな意味の無いことをすると思う?」


「えっ……」


「目的のためならどんな手段だって厭わない。窮地に立たされた最愛の者に手を差し伸べるのは当然のこと」


「——あっ…………」


「ボクはずっと前から好きだった。セラだってこの手を拒む理由は無いはずだ」


 一点の曇りもない真っ直ぐな視線を向けて、レイエルは私に手を差し伸べた。

 確かに公爵であるレイエルと添い遂げれば、私の計画は完遂する。

 当初から”高位の者と婚約する”そうして周囲を見返すことを目標に掲げていた。

 彼の最後の言葉も、その意図を含んだ上での発言だったのだろう。

 だがそんなことは最早どうでもよくなっていた。

 復讐なんて関係ない。ここまでされて、断る理由なんてもうどこにもなかった。


 恐る恐る彼の手に触れる。

 差し出されたその手は思いの外柔らかく、そして温かみがあった。


「全てを賭してボクが守る。貴女を悲しませる全ての者から——」


 これまで張り詰めていた精神に、じんわりと身に染みていく感覚。

 少なくとも私がこれまで経験したことのない温もりに包まれていく。

 私は涙ぐみながらも彼の決意に「——はいっ!」と満面の笑みで応えるのであった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


【追記】誤字報告ありがとうございました!

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