幸先悪いスタート
初投稿です。
色々妄想するのが好きで、書いてみました。
これから少しずつ書いていけたらなと思っています。
拙い作品ですがよろしくお願いします。
ー今、見えているものが信じられない。
視覚だけじゃない、音や熱、己が感じるものすべてが信じられない。
そもそも今の自分は今までの自分と同じなのかそれすらも分からない。
分かっていることは、自分がこれまで渇望していた平穏は空にあるあの星のように手に届かないものになったということのみだ。
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通勤ラッシュが落ち着いた平日の朝、本日何度目かのため息を吐きながら、その男は駅のホーム内を行く当てもなく歩いている。
もうすでにため息の数は両手では数えきれないほど。
何ともついていない、きっとこの駅にいる人達の中で自分が一番の不幸であると思ってしまう。
まあ、正確に調査をすれば、自分よりも不幸な人はごまんといるだろうけれど。
つまるところ、今の自分には他人を気遣うほどの余裕がないというだけだ。
今日から待ち望んだ長期休みで、昨日大学で会った学生は皆浮足立ってるように見えたし、自分だって浮足立っていた。
休みが嫌いな人間なんてこの世にはいないだろう。
せっかくの長期休み、実家に帰る者もいれば友人たちと遊びつくす者もいる中、自分はバイト漬けの毎日を選んだ。
絶賛1人暮らし中の自分にとって、生活費を稼ぐことは優先順位の上位に食い込んでくる。
実家からの仕送りはあるものの、実家は普通の家庭でそこまで裕福ではないため、結構ぎりぎりな生活である。
だから、今年の夏は頑張るぞと意気込んだのだ。
頑張って働き、お金をためて、少しでも余裕を持った生活が送れるようにと。
バイトは普段、コンビニと清掃の2つのみだが、長期休みだからといってもう1つ中華料理屋のバイトを増やしたのだ。
優しそうな老夫婦が営むお店で、これはあたりだなと思っていた。昨日までは。
連絡に気が付いたのは、中華料理屋のバイトに行くための電車から降りた後のことだった。
例の中華料理屋から電話がかかっていたので、駅内を歩く人たちを横目に何となしにかけなおしたのだ。
まさかその内容が、店が燃えてしばらく営業できないのでバイトの件をなしにしてくれだなんて夢にも思うまい。
ちなみに老夫婦は無事だったようだ。良かった。自分はよくないが。
駅についてからの連絡というタイミングの悪さにも少し腹が立つ。
せめて、電車乗る前に連絡が来ていれば電車代は浮いた、少なくとも。
楽しみだった長期休みの開幕からこんな思いをするなんて。
並の人間だったら、かなり精神的にきて、数日は病むだろう。きっとそうだ。
だが自分は並の人間ではないので、ため息を十数回つく程度で収まっている。
ここでいう「並の人間じゃない」というのは悪い意味で、である。
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この男の名は竹原柏人。
今現在大学1年生である。彼の並の人間とは違うところ、それは類い稀なる不運体質の持ち主であるということだ。
どのぐらいの不運体質かというと、小中高を通してあだ名が「疫病神」になるぐらいには不運である。
学校のメイン行事ともいえる修学旅行や校外学習に彼が行けたことは半分ほどしかない。
葬式や体調不良で彼だけが参加できないのはまだいい方で、時には台風などにより行事そのものがなくなることもあった。
そうなった時のクラスメイトは、彼は全く関係ないのに、なぜか彼をにらみつけるのだ。
彼がその体質に気が付いたのは小学校低学年の時である。
生まれた時から、何もないところでこける、人やモノにぶつかるといったことはよくあったが、周囲の人や彼自身も運動が苦手なんだろうぐらいにしか思っていなかった。
ただ小学生になってから、自分と周りを比べるようになって、少し違和感を覚えたのだ。
どうして自分だけ何回も遠足に行けなくなるのだろうか、どうして自分だけ給食の残り物じゃんけんで毎回負けるのだろうか、どうして自分だけドッヂボールで顔面ばかりボールが当たるのだろうか、などなど。思い返すときりがなかった。
決定的になったのは小3の夏休み、父親、母親、妹の家族で4人で海に行ったときである。
他の家族が砂浜で遊んでいる中、彼は海に入り、浮き輪でプカプカ浮かびながら海藻や魚を見ながら楽しんでいた。
ふと父親の自分を呼ぶ声が聞こえたので、岸の方を見ると、自分が思っていたより岸から離れていたことに気が付いた。
彼は離岸流によって沖の方まで流されていたのだ。
自分の状況に気が付いた柏人はそりゃあパニックになった。
喉が嗄れるまで父親・母親を呼んだ。
そして流されていることに気づいた家族もパニックだった。
父親なんか焦りすぎて「頑張って泳げ!!!」という無理難題を要求してきた。
幸い、周囲の人が気づいて海上保安庁に通報したことで事なきを得たのだが、自宅に帰ってからすぐ、家族会議が行われた。
議題はもちろん、柏人のことについて。
今までは運が悪いで済ませられていたが、ここまでくると何か異次元の力が働いているように家族は思った。
そして両親は彼に何かとりついているのではないかと思い、近所の神社でお祓いしてもらうことにした。
お祓いをしてもらったのでこれでもう大丈夫だと、家族全員が思った。
しかし現実は思うようにはならなかった。
不運は止まらなかったのだ。
夏休み中友達を自宅に招くと自分のゲーム機にジュースを零され壊れたし、買ってもらったアイスクリームは毎回床に落ちた。
挙句の果てには自転車で出かけた時に自転車が盗まれることがあった。
子供用の自転車なんて誰が盗むんだ。
こんな具合に彼の不運体質は改善しなかった。両親はいろいろな手を試したのだが、どれも効果を得られなかった。
中には有名な霊媒師に見てもらったこともあるが、何にも見えやしないと言われた。
冷やかしに来るなとも言われた。
その時は、霊媒師に呪いの念を送っていた。
何をしても改善しない現状に、柏人は次第にあきらめの気持ちが強くなっていった。
自分は何をしてもこの不運から逃れられないのだと、自分の人生は今後一生こんな調子なんだと。
中学生の頃、柏人は自暴自棄になり、死のうとしたこともあった。
もうこれ以上生きても苦しいだけだと思った。
けれどそれに気づいた両親が泣きながら止めた。
両親から、「これから先何があっても、私たちは柏人の味方だから!」と。
妹からも泣きながら「お兄ちゃんに死んでほしくない…」と。
それを聞いて柏人は胸が苦しくなった。
自分ですら受け入れられない不運体質を家族は必至に受け入れてくれようとしていて、柏人は目頭が熱くなったのだ。
それ以降、自殺をしようとすることはなくなった。
ただそれでも、自分の体質と向き合うのは中々時間がかかった。
周りと自分を比べてどうして自分だけという思いはなくならないし、周囲に嫉妬してしまう回数は減らせなかった。
それでも柏人はその思いを飲み込んで、前を向いて生きようとした。
周囲に嫉妬するたびに、周りと自分が違うのは当たり前のことなんだと何回も自分に言い聞かせた。
もちろん家族も、そんな柏人のことを見守っていた。
苦しそうなときには黙って愚痴を聞いてあげたし、柏人の不運に巻き込まれても柏人を責めるようなことは極力しなかった。
そんな家族の優しさに柏人は気づいていたし、それが心の支えになっていた。
次第に柏人は、少しだけだが自分の体質を受け入れるようになった。
毎日の小さな幸せを見つけては堪能するようになったし、不運なことが起きてもすぐに切り替えれるようになった。
それでも落ち込むときは落ち込むが。
そのような人生を歩んできた柏人は大学生となっている。
持ち前の不運に振り回されながらも、なんとか落第することなく大学に進学することができた。
家族の反対はあったものの、迷惑を掛けたくないという一心で一人暮らしも始めた。
今の柏人には、目標がある。
それは普通の人と同じように仕事に就き、結婚して、老後まで生き抜いてやることである。
神様や仏様なんかがどれだけ柏人のことを嫌いで絶望に追い込もうとも、絶対に生きて最後の最後に「いい人生だった。」と言ってやることが、自分の不運体質、そして自分をそんな体質にした何者かへ最高の意趣返しだと、柏人は信じている。
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そんな生い立ちを持つ彼が今どうしているかというと、中華料理屋さんから連絡が来てから早1時間が経とうとしているものの、いまだ駅のホームにいた。
特にこれといった理由はないのだが、しいて言うなら今いる駅が普段の生活圏域から少し離れた街中にあることだろうか。
普段は来ない町まで来てやることなくなったから帰るというのは、なんだか少しもったいない気がする。
そういった人間のよくあるのかないのかわからない心理が働き、柏人は今ホーム内のベンチに腰を下ろしてスマホで駅周辺の情報を見ていた。
今日は朝から不運なことがあったのだ。少しぐらい贅沢したっていいだろうと思ってしまう。
それにここで落ち込んでいるよりも、1日メンタルケアに使って明日から動き出せるようにした方がいいのは、今までの経験から学んだ。
駅近くの有名なラーメン屋さんに行ってラーメンを食べるのはどうだろうか。
近くのショッピングモールに行って、好きな靴のブランドを見てみるのもいいかもしれない。
カラオケに行って思いっきりストレス発散するのもいいな。
もう全部やってしまおうか。なんて思っていると、不意に体に衝撃が走った。
衝撃はどうやらベンチの空いている方から来たようなのでそちらの方を見てみると、かわいらしい少女がこちらのスマホ画面を覗き込んでいるではないか。
ぱっと見小学1・2年生かぐらいに見える。髪の毛は透き通った銀色で瞳は金色、服装は白いワンピースにカンカン帽をかぶっていて、いかにも夏らしい恰好をしている。はっきり言うと、モデルのようにかわいい子だ。
そんな女の子がなぜ自分のスマホを覗き見ているのか、さっぱりわからない。
以前会ったことがある子なのか、記憶を呼び起こしたがこんなに特徴がある子だ、一目見ただけで思い出すはずだ。
じゃあこの子はなんなんだ。もしかして人違いなんじゃないか、もしそうだとしたらなんと声を掛けようか、なんて考えていると不意に少女がこちらを見た。
「どうしたの、お兄さん?もしかして私が可愛くて見とれちゃってた?」
なんてドヤ顔で言うもんだから、つい大きな声で
「はぁ?」
と言ってしまった。
これが、終わりの始まりだとも知らずに。