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第六十一話 王妃様は三食昼寝付きの素敵な職場です!


「ちょ、ちょっとクレアさん!! お気を確かに!! 貴女、言っていたじゃないですか!! 王妃なんて無理と!! それなのにエドガーの恋人になったら貴女、王妃ルート直行ですよ!?」


「――っ! はっ!! そ、そうでした!!」


 余りの誘惑――主に、学園での悪評が吹き飛ぶという魅力に一瞬心を奪われるも、ディアの言葉で正気に戻るクレア。その後、意思の強い瞳でクリスティーナをきっ! と睨む。


「そ、そうです、クリスティーナ様!! わ、私は王妃なんて器じゃありま――」



「まあ、形だけの王妃にはなって貰いますけど……公務だとか、お茶会の主催だとか、その辺りのメンドウクサイの、こっちで引き受けますから。勿論、行儀作法も煩く言うつもりはありません」



「え? マジで詳しく教えて貰えません、クリスティーナ様?」


「クレアさん!?」


 再び、ディアの絶叫が響き、その絶叫の勢いそのままディアは言葉を継いだ。


「あ、あまり適当な事を言わないでください!! 王妃ともあろうお方が、何もしなくて良い訳ないじゃないですか!! クレアさんを騙そうとしないで下さい!!」


 ふーふー、と息を荒げるディアにクリスティーナは困り顔を浮かべながら口を開く。


「別に嘘を言っているつもりはありませんよ? まあ、お茶会や社交界に全く参加しない、という訳には行きませんけど……それでもそれは貴族令嬢としては普通の事でしょう?」


「……」


「……え?」


「そ、その……すみません、私、本当に田舎育ちな上に貧乏男爵家の小娘なんで……社交界は勿論、お茶会にも行った事ないんです」


「……え?」


「……すみません」


「え、ええ? い、一回も? 一回もですか? え? そんな事、あり得るんですか? クレア様、十五歳でしょう? 子供同士のお茶会とか……」


「……ないです」


「……でも、普通は近場の貴族との社交界とか、そういうのが……」


 クリスティーナの言葉に、照れ笑いを浮かべ――それでも若干、気まずそうにクレアが口を開く。


「いや、我が家は本当に辺境も辺境のド田舎なんで……近場に年の近い貴族の人、いなかったんですよね」


 まあ、だからこそクレアがこの学園に『盛大な婚活会場』の側面を期待したのだが。クレアだって憧れたのだ。少女小説にある様な、『将来、大きくなったら結婚しようね?』みたいな幼馴染とのあまずっぺーコイバナに。クレアにプロポーズしてくれたのなんて『お嬢、あんまりお転婆だと嫁の貰い手がねーぞ? まあ、もしあれなら、ウチの大工の嫁さんになるか?』と言ってくれたガキ大将のジムくらいだ。


「……そ、そうですか」


「はい」


「……ま、まあそれはイイです! ともかく! スモロア王国の王妃になっても、社交界の差配とか、お茶会の主催とかそういう面倒な事はしなくてもいいです。勿論、公務も必要ないですし」


 クリスティーナのその言葉に、ディアが口を開いた。


「クリス、先ほども言いましたが嘘はダメです。王妃ともあろうお方が、何もしないなど許されるわけがありません。それは――」



「構いません。外交、内政、貴族の御婦人方……そのすべて、王妃がする仕事は私がしますから」



「――無理と……え?」


 驚いて言葉を止めるディア。そんなディアをちらっと見て、クリスティーナは言葉を継いだ。


「……お兄様は確かに優秀な方です。ですが、どこか『甘い』ところのあるお方でもあります」


「それは、エドガーの優しさではなくて?」


「ああ、違います。いえ、優しいのは優しいのですが……そうではなく、考え方ですね。考え方に『甘さ』があるのです」


「……」


「お兄様はきっと、臣下の断罪などは出来ない。優しいのも勿論ありますが、『甘い』のです。お兄様はきっと、『ミスは誰にでもあること。心を入れ替えて頑張って貰えればいい』と考えるでしょう」


 はぁ、とため息。


「――そんな訳、ないじゃないですか。いえ、心を入れ替えて頑張る人間もいるでしょう。ですがきっと、『このミスで許して貰えたんだ。じゃあ、これぐらいでも許されるだろう』と考えるのが人間です。水が低い所に流れるが如く」


「……」


「……お兄様には決断が出来ない。国王として大事な、決断が。だから、どちらにせよ私も次代の国政には関与するつもりでした。そして、そうなれば他国の――失礼、男爵令嬢と、自国の姫君……さて、臣下の皆はどちらの言う事を聞くでしょうか? 『普通』と言われた王子の配偶者の男爵令嬢と、『俊英』と称された自国の姫君と……そのどちらの言う事を」


「……それは、クレアさんを侮辱しているという認識で間違いありませんか? クレアさんに『傀儡の君主の妻』であれと……そういう事でしょうか?」


 ギリッと奥歯を噛む音がディアから聞こえる。クリスティーナがそちらを見ると、そこには今まで見た事のない様な獰猛な目でクリスを睨むディアの姿があり、その姿に思わずクリスティーナは息を呑む。


「……貴女、そんな目も出来るんですね。ルディ以外で」


「クレアさんは友達です。友達を侮辱されて黙っていられません」


 ディアの言葉に『はぁ』と息を吐くクリスティーナ。


「……傀儡になれ、と言っているつもりはありません。お兄様もですが……勿論、クレア様にも。ただ、クレア様の問題が『そこ』だとするならば、そういう雑多な問題は私が取り除きます、と……そう言っているだけです。クレア様が国政に参加をしたい、お茶会を開きたい、社交界の華と呼ばれたいとそう言われるのであれば……まあ、国政は要相談ですが、それ以外は自由にして下さって構いません。私は王位が欲しい訳ではありません。私が欲しいのは平穏だけですので」


 そう言って、クリスティーナはにっこりと笑って。



「さあ、どうですか、クレア様? お兄様の配偶者になりませんか? 面倒くさい雑務、全部私が引き受けますよ?」



 妖艶とすら取れるそんな笑みで、悪魔の誘惑をしてくるクリスティーナ。そんなクリスティーナに、おそるおそる、クレアは手を上げて。




「――それって、三食昼寝付きでのんびりしてくれれば良いって解釈であってますかね?」




 キラキラした目で、クリスティーナにそう問いかけた。クレアの根っこは『怠惰』なのだ。


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