第五話 婚約破棄のお誘い
「……何の用だ?」
自室にて一人、読書に勤しんでいたエディはコンコンコンと三度のノックに『どうぞ』と返事をした。その後、入って来た女性に眉を顰める。
「あら、怖いお顔。そんなに邪険にしなくても――ああ、婚約破棄をするんでしたね。それではその顔が正しいのかしら?」
こくん、と首を傾げた態度で入って来た女性――ディアの態度にはぁとため息を吐き、エディは顎で椅子を指す。
「座るか?」
「それではお言葉に甘えて」
エディの仕草を気にした風もなく、ディアは対面の椅子に腰を掛ける。
「紅茶も出ませんの? ルディの部屋では直ぐに紅茶を頂きましたわよ?」
「……ティアナ」
エディの言葉に部屋に控えていたティアナと呼ばれるメイドが一礼して部屋を出る。そのまま、カートに紅茶と茶請けのお菓子を持ってくると丁寧に紅茶を淹れてクラウディアに差し出す。
「お待たせしました、クラウディア様」
「ありがとう、ティアナ。貴女の淹れて下さる紅茶はいつも美味しいわ。どうかしら? こんなポンコツ王子の専属など辞めて、我が家のメイドをしませんか?」
「おい! 引き抜きは勘弁しろ!」
「勿体ないお言葉ですが……私は王家に仕える身ですので」
「あら、残念」
言葉ほど残念でも無さそうにディアはそういうと、視線をエディに向ける。その視線を受け、エディは首を竦めて見せる。
「……んで? 何の用だ? 言っておくけど、紅茶を来客に出すのは国王陛下の素質じゃないぞ?」
「そんな事を言いに来たわけではありません。貴方も分かるでしょう?」
婚約破棄の件です、と。
「……悪かった」
「いえ、それは然程気にしていないので構いません」
「……だろうな」
この目の前の悪魔が、さして好きでもない自分に婚約破棄をされた所で傷付くわけはない、と本気で思っているエディ。そんなエディに、ディアも肩を竦めて見せる。
「……貴方が公衆の面前で婚約破棄をした理由も大体、想像が付きますし」
「想像?」
ええ、と一つ頷き。
「ルディに譲りたいのでしょう? 王太子の座」
「……」
「沈黙は肯定、ですね。ですが、それは然程意味を持ちません。『完璧王子』なんてあだ名されている貴方が、多少評判を落とした所で王位を譲れるか、と言われると難しいでしょうし」
「……だろうな。私は別に完璧でも何でもないが」
「ええ、それに関しては完全に同意します。貴方が完璧? ちゃんちゃら可笑しいです」
「……私が言い出した事だが、流石にお前、その態度は無くないか?」
「事実ですので。ですがまあ、その話は別に構いません。他のご令嬢にご迷惑をお掛けするのはあまり得策だとは思えませんが。当てつけにしても流石に、あのご令嬢が――」
「……え?」
「――可哀想……『え?』 『え?』 とは?」
エディのきょとんとした顔にディアは首を捻る。そんなディアに、エディは何でもない様に。
「いや、別に当てつけでもなんでもなくて……純粋にお前のような悪魔みたいな女に比べれば、クレア嬢が本当に天使の様に優しかったから……事実を述べたまでだが……」
「……」
「……」
「……ぶっとばしますよ?」
「うわ! お前、マジでそういうとこ――掠った!? お前、今王子の顔ぶん殴ろうとしたな!? つうか手と口を一緒に出すな! 対話しろ、対話!!」
ディアの右ストレートがエディの左頬に吸い込まれそうな所をすんででかわし、エディは抗議の声を上げる。そんなエディに、ディアは何を今更と言わんばかりの表情で。
「いつもの事でしょうに」
「いつもの事でしょうに、じゃねーよ!! あんな!? 流石に私もあの場でお前の暴力癖晒したら可哀想って思ったけどな! だからって別にお前の殴る、蹴るの暴行を認めてる訳じゃないからな!! っていうか年々、威力が増しているんだが! 何トレーニングしてるんだよ!?」
「淑女の嗜みです」
「何処の世界に暴力に訴える淑女の嗜みがあるんだよ!!」
「煩いです。ともかく……良いですか、エドワード殿下」
コホン、と一息。
「――どうぞ、私たちの幸せの為に、婚約を破棄して頂けませんか?」
笑顔でそんな事を宣った。