第五十三話 ただの、女の子として
「……どういう意味だ、クリス? 兄上を王にしてはいけない、だと? それはラージナル王国に対する侮辱として受け取っても良いのか? 我が兄は、ラージナルの第一王子は王の器にあらず、と?」
射貫くような視線を向けてくるエディ。そんなエディに肩を竦め、カップに手を付けて中身が無い事に気付き、視線を上げて――エディ付き侍女であるティアナの視線も剣呑なものになっていることに気付き、諦めた様にカップをソーサーに戻す。
「……話は良く聞いてください。私は『器云々はともかく』と言ったでしょう? ルディに王の器はあるでしょう。まあ……」
少しだけ、言い淀み。
「……怒らずに聞いてください、エディ。私は正直、ルディよりエディが王位に就いた方がこの国は発展できると、そう思っています」
「……続けてくれ」
「ルディの優秀さを馬鹿にするつもりはありません。ありませんがしかし、現状、エディの方がルディより、何もかも優れているでは無いですか。勉強だって、運動だって、その何もかもが……貴方の方がルディより優れている」
クリスの言葉に、驚いた様に目を見開くエディ。数瞬、息を止めたかのようにクリスを見つめ、その後ゆるゆるとその息を吐いた。
「……驚いたな」
「はい?」
「まさか、クリスにそこまで評価されているとは。クリスは熱狂的な『兄上信者』だと思っていたが、まさか――」
「ああ、それは勿論そうですよ? 私はルディの事が大好きですし、いつかルディのお嫁さんになって可愛い子供を産みたいですし。最初は女の子、二人目は男の子が良いです! 小さな――は無理でしょうが、オーシャンビューのお城と領地を貰って、可愛い犬とか飼いながら過ごし、最後はルディとお城のテラスで日向ぼっこしながら紅茶を飲みたいと思っています。っていうか、飲みます。ですから、為政者の能力としてはエディ、貴方の方が優れているとは思っていますが、男性としての、つまり『雄』としての魅力はルディの方が何百倍も、何千倍も、何万倍も上ですね。ルディと貴方では月とスッポン、提灯と釣鐘、雲泥万里です。そこのところ、考え違いされない様に」
「――ああ、うん。そうだな。クリスはやっぱりクリスだな」
「まあ、別に貴方の事は嫌いではありませんが……結婚とかはしたいとは思いませんね」
「それ、嫌いなヤツ」
そう言って肩を落とすエディの、その落とした肩をティアナがポンっと叩く。見上げたエディの顔に、『大丈夫、貴方は魅力的ですよ』と言わんばかりの笑顔を浮かべるティアナの顔があった。よくできた侍女である。
「……まあ、先ほどエディにも言いましたが、ルディにも王の器はあるでしょう。エディには劣るとしても、ルディだって立派な王になると思います」
「では、別に兄上でも良いではないか。全ての問題が片付けば、兄上が王になっても――」
「――そして、貴方達はルディを『また』独りぼっちにするのですか?」
「――っ!」
「……エディも気付いていますよね? ルディが私達に距離を置いている……どこか、『遠慮』があることに」
「……気付いている。だが、それは私を王にするために、敢えてそういう態度を……」
「……まあ、もしかしたらそういう側面もあるかも知れません。でも、ですね? 私は違うと思うんです。ルディは何時だって、どんな時だって、私たちを見守ってくれていました。皆で遊ぶ時も、必ずルディは一歩引いた位置で。ありますか、エディ? ルディが私達と一緒に泥だらけになって遊ぶ姿の記憶が。取っ組み合いの喧嘩に参加する、ルディの姿の記憶が」
「そ……れは……」
ない。確かに、そんな記憶はない。ルディは何時だって遠巻きに、でも誰も怪我をしない様に、その姿を見つめ続けていた。
「そんなのって。それって、まるで――」
皆の保護者の様じゃないですか、と。
「……エディ、貴方はルディを国家の『保護者』にするつもりですか? 今まで、私たちの事を見守って――たった一人、輪の中に入らず、それでも優しく見守ってくれていたルディに――これ以上、重荷を背負えと、そう言うのですか?」
「……」
「……勿論、王族としての『それ』は責務でもあります。でも……もう、良いじゃないですか。ラージナル王国は、貴方達、幼馴染は」
ルディを神格化しすぎです、と。
「……ルディだってまだ十五歳の男の子なんですよ? 何でも出来る訳でもないし、何でも知っている訳では無いんです。そんなルディに――ルディに、これ以上何を求めるのですか! 王は孤独です! ルディは今までずっと孤独だったんです!! あなた方はルディに、沢山、沢山、貰っているじゃないですか!? これ以上、これ以上、私の好きな人を! 大好きで、大好きで、堪らない人を!! 私の愛している人を、これ以上、自分たちの都合で――」
そこまで喋り、クリスティーナはきゅと口を結んで下を向くと『はぁー』と大きく息を吐きだした。
「……申し訳ございません。少し、気持ちが昂りました。大変失礼な事を言ったことをお詫びします」
「……」
返答の無い、そんなエディにもう一度頭を下げて。
「――ルディの事が大好きな女の子の、たった一つの『お願い』です。よろしく、ご検討の程を」
綺麗なカテーシーを決め、クリスティーナはその場を去った。




