第五十話 戦犯はエディ
「それで、どうされるのですか?」
紅茶のカップをクリスティーナの目の前に置き、そのまま後ろに控えてそう問いかけるアンネに、嫌そうに振り返るクリスティーナ。
「……首が痛くなります、アンネ。貴方も座ってお茶にしましょう」
「……分かりました」
本来、主と従者が同席など許される事ではない。ないがしかし、ルディに寄って変わったクリスティーナにとっては普通の事であり、その成長を一番近くで見守っていたアンネにとってもまた、当然の事であった。言われるがままクリスティーナの前に座ってカップに紅茶を淹れて、一口。
「……どうすれば良いと思いますか、アンネ?」
「……難しいですね。ルディ様はああいうお方ですし……」
眉根を下げるクリスティーナに、アンネも同様に眉根を下げて見せる。
「常にルディ様は一歩引いた……と言えば宜しいのでしょうか? 傍観者の立ち位置を好んでおられますので。特にエドガー殿下やクリスティーナ様には顕著ですし……」
「……そうなんですよね。『お兄ちゃん』みたいな立ち位置なんですよ、ルディ。私たちが何かをするのを心配そうに見つめ、何も起こらない様にフォローして……なにか、そうするのが当然という感じで……」
「ああ、言い得て妙ですね。確かにルディ様は皆様の『お兄様』でしたね。精神年齢が高いと言いましょうか……だから、一歩引いた感じになったのかもしれない」
幼いころのルディの想い出がクリスティーナの中に浮かぶ。『るでぃ、るでぃ』と常にルディの後をちょこまかとついて回っていたクリスティーナに心配そうな、それでいて優しい笑顔を浮かべるルディの顔が。
「……確かに、ルディにべったりでしたものね。それでは精々『妹』、女の子には見られませんね」
そう言ってため息を吐いて見せるクリスティーナ。そんなクリスティーナの肩にそっと手を置き、アンネは微笑んでみせる。
「元気を出してください、クリスティーナ様。『条件』自体はクラウディア様も同じでしょう?」
「……そうですね。まさか最大のライバルがクラウディアになるとは思いませんでしたが……」
それほど、今日のディアの『婚約破棄』の文言はクリスティーナにインパクトを残した。ディアの『ルディ大好き』は当然知っていたが、まさかあの聡明なエディが婚約破棄をするとは、である。
「……エディだって賢い子の筈です。そんなエディが、公衆の面前でまさかクラウディアを振り、あまつさえ婚約破棄をするとは……正直、信じられませんが」
ディアと違い、クリスティーナはエディの事をきちんと評価している。ルディと仲良しという事は、当然エディとも仲良しなのだ。まあそこには、いずれ自分がルディをゲットすることにより、『義弟』になるエディと良好な関係を築きたい、という打算もあるにはあるが、優秀で、見目麗しい、下の者への配慮も行き届いたエディを為政者としても評価しているのだ。好き嫌いが絡まない分、エディの評価が高いと言えるのだが。
「なにか理由があるのでしょうか……知りたいものですが」
クリスティーナの言葉に、アンネの眉がピクリと動く。そんな微小なアンネの変化に気付いたクリスティーナは口を開く。
「……アンネ? どうしたのですか?」
何かに言い淀むアンネの姿に、クリスティーナが首を捻る。そんなクリスティーナに、アンネが少しばかり言い難そうに、ポツリと。
「……あくまで噂ですが……入学式で出逢った、とある貴族令嬢に一目惚れした、とお聞きしました。エドワード殿下、それで……入学式の日に婚約破棄をした、とか」
「え? 普通に最低じゃないですか、それ? 女の敵です」
辛辣な言葉がクリスティーナの口から洩れ、同時に先ほどまで高評価だったエディの評価がぐんぐん落ちる。殆どストップ安の勢いだ。
「……まあ、恋は熱病とも申しますし……真偽不明の噂ですしね! この話はもう良いでは無いですか。さあ、クリスティーナ様? そろそろ就寝のお時間ですよ?」
対してアンネの言葉はなんとも鈍い。他国の王子であるエドワードは悪く言うのは不敬で憚れるし……なにより、もしもこの少女が真実に気付いてしまったら、というのもある。
「いえ、アンネ? よく考えて下さい! 寝ている場合ですか、これ! 流石にクラウディアが可哀想ですよ! 入学式なんて、全新入生や学園関係者が集まる場で婚約破棄なんて辱め、絶対に許してはいけません!! 別に、エディがクラウディアを愛してなくとも、それならそれで、しっかり手続きを踏んで――」
そこまで喋り、クリスティーナがぴたりとその口を閉じる。その仕草を見て、アンネは思うのだ。ああ、気付いてしまった、と。
「……え? 待って下さい? もしかしなくとも……クラウディアが、私の最大のライバルが登場したのって……エディのせいじゃないですか、これ?」
「……ええっと……まあ、状況証拠だけ見れば、その可能性は限りなく高いと申しましょうか……で、ですが、クリスティーナ様? それはあくまで――」
「アンネ?」
「――はい」
「明日、エディとの面会のアポを入れて貰えませんか? 夜分にお仕事を増やして申し訳ありませんが……出来れば、学園に行く前の時間に」
主の座った目での言葉に、アンネにあった選択肢は頷くか、一生懸命頷くかの二つしかなかった。




