第四十二話 悪魔を使役する女、その名も『大魔王クレア』
「まったく……あなた方は私の事を何だと思っているのですか。悪魔だなんだと……紳士として、淑女に言う事ではありません! ねえ、クレアさん?」
「……ハイ、ソノトオリデス」
「ほら! クレアさんだってこう言ってるではありませんか!」
「……よく見ろ、クラウディア。クレア嬢、プルプル震えてるだろうが」
なんとなく『ぼろっ』という形容詞が似合う様な姿で、アインツが辛うじて口を開く。クラウスに至っては大の字に寝転がってはぁはぁと息を荒げている。何があったかって? ディアが『制圧』したのだ。
「…………男の子相手にアレって……クラウディアさん、強すぎません?」
ディアの『蝶の様に舞い、蜂の様に刺す!』と言わんばかりの、まるでダンスの様な制圧劇を一部始終見ていたクレア、震えが止まらない。
「まあ、そうは言っても手加減をして下さってますからね、二人とも。私が強い訳ではありません」
「……そうですか? 一方的にボコボコじゃなかったです?」
「反撃をしてきませんから、この二人は。女性に手を上げるのはダメだという考え方なんですよ。紳士ですよね?」
「……その紳士をボコボコにしたわけですか」
「ですが……痣が残らない様な叩き方ですから」
「なんの免罪符にもなっていない件」
だからどうしたという話である。と、そこまで喋り、クレアは何かに気付いたようにはっとした顔を浮かべて見せる。
「……ええっと……クラウディアさん、この二人が反撃してこないのを知っていたんですか?」
「ええ。長い付き合いですし、それぐらいは分かりますわ」
「それって……」
クレアの言葉に、ディアはにっこりと笑って。
「――自身は安全圏に居ながら、一方的に殴り倒していましたが、何か?」
「……こえぇ……」
ディアには殴られる覚悟はない。淑女である彼女は自身の体に傷が付くのはイヤなのだ。欲しいのは、一方的な蹂躙のみである。
「……だから言っただろう、クレア嬢? 悪魔みたいな女だって」
ディアを睨みつけながらアインツがそう言えば、大の字で寝転がるから復帰したクラウスも、忌々し気にディアを見やり口を開く。
「こいつは俺らが手を出さないのを知って、一方的に殴りかかって来やがる。なまじ運動神経も良いし、小さいころから武芸全般習ってやがるから、下手な女性騎士より強かったりするからな」
「……悪魔の様な奴だ」
「な?」
「クレア嬢、悪い事は言わない。クラウディアと友誼を結ぶのは思い直した方が良いぞ? 君ならもっと真面な友達が出来るさ」
アインツの言葉に思わず頷きそうになるも、『いやいや』と思い直すクレア。
「いや、確かにクラウディアさんのこれはちょっとやり過ぎ感は否めませんが……そもそも最初に失礼な事言ったの、クラウス様とアインツ様でしょ?」
「う」
「そ、それは……」
「ですよね! クレアさん、分かって下さいますよね! 私、悪くないですよね!!」
クレアの言葉に言葉を詰まらせる二人とは対照的、ディアが花が咲くような笑顔でクレアにそういう。そんなディアをじとーっとした目で見ながらクレアがため息を吐いた。
「なに言ってるんですか、クラウディアさん。そりゃ最初に暴言吐いたのはお二人かも知れませんが、いきなり暴力振るったのはクラウディアさんですよ? しかも、殴られる覚悟もなく一方的にボコボコって……え? 高位貴族って皆こんな感じですか? 正直、ウチの近所のガキ大将のジムの方がもうちょっと理性、ありますよ?」
ドン引きでそういうクレアにディアも言葉に詰まり、しゅんと項垂れる。その後、捨てられた子犬の様なうるうるとした目でクレアを見やる。
「……そ、その……クラウスとアインツが言うように、私とのお友達はイヤでしょうか……?」
庇護欲そそるその顔に、思わず『うっ』と声を詰まらせ、ため息を吐く。
「……ズルいですよね、クラウディアさん。自分が綺麗なの知っててその顔、してます?」
「? ど、どういう意味でしょうか……?」
「……やっぱり悪魔みたいですね、クラウディアさん。大丈夫です、離れて行きませんよ」
前に『小』が付く方の悪魔だが。普段綺麗系なのに、瞳に涙湛えて上目遣いみたいな可愛い系も出来るとか、世の男子は放っておかないぞ、とクレアは思う。まあ、ルディには全く響いていないのだが。
「ほ、ホントですか!?」
「はい、ホントですよ」
一瞬、このままディアとの友情を続けて良いものかとも思ったが、それでもこの短い間でディアの良い所はいっぱい知れたのだ。少なくとも、誰かに言われて友情を破棄するには勿体ないくらいには、クレアはこの少女の事を好きになっていたりする。幸か不幸か、という所ではあるが。
「まあ、そう言う事でクラウディアさんとのお付き合いを考え直すつもりはありません。ちょっと怖いですけど……それ以上に優しいですしね、クラウディアさん」
「……」
「……」
「……なんですか、その沈黙。え? 私、なんか変な事言いました?」
クレアをまじまじと見つめるクラウスとアインツに、クレアが首を傾げて見せる。そんなクレアに、恐る恐るという風にクラウスは口を開き。
「……すげぇ……クラウディアの首に鈴をつけやがった」
「……ああ、本当だな。あんなに素直なクラウディアなど、ルディ以外に見た事は無かったが……見たか、クラウス? クラウディアのあの表情。目に涙を湛えて……目を疑ったぞ」
「ああ、脳が腐るかと思った」
「だな。だが、クレア・レークス嬢か……あの悪魔の様なクラウディアを手玉に取るその手腕……侮れない」
「悪魔の上――さしずめ『大魔王クレア』だな」
「……おい、アンタら。何勝手に人に変なあだ名付けてやがりますか」
もう一遍、そこらで寝転ばせてやろうかとクレアはポキポキと拳を鳴らした。




