第三十一話 なにやらかしやがりましたか、あのアマ
ディアとエディの『頭なでなで』という最高の仲直り(違う)シーンを見た翌日の朝、ルディはご機嫌な顔で鼻歌を歌いながら、髪の毛をセットしようと鏡の前に座る。と、コンコンコンとノックの音が室内に響き、『どうぞ』という声を上げたルディに、室内に入ったメアリは眉をひそめて見せる。
「おはよう、メアリ」
「おはようございます、ルディ様。そして、ルディ様? 僭越ながらいつも言わせて頂いておりますよね? ルディ様自身で髪の毛のセットをする必要はない、と」
鏡越しのメアリと目があったルディは苦笑を浮かべて見せる。これも毎朝の風物詩みたいなものだ。
「いや~だってさ? 自分で出来る事は自分でした方がいいじゃん?」
「貴方はこの国の第一王子なのですよ? 人にさせるのが当たり前です」
「そうは言うけど……」
「『恥ずかしいからイヤだ』と仰るので、着替えはご自分でされることを認めましたが……髪の毛のセットは私の仕事です」
「いや、髪の毛のセットはメアリの仕事じゃ無くない?」
「では、私の趣味です。ですのでルディ様? 私の趣味を取らないで頂けますか?」
「趣味と来ましたか」
メアリの言葉にルディが先ほどよりも深い苦笑を見せる。主人と従者、その関係性の中でおよそ出てくる言葉ではない。
「はい、趣味に御座います。麗しいルディ様を、もっと素敵な殿方に仕立てあげるのは私の趣味に御座いますので」
出てくる言葉ではないが既に十年、一緒にいる間柄だ。こんな事でルディが怒らないのはメアリも充分承知しているし、ルディだってメアリがこういう事を言う人間であることを充分理解している。
「りょーかい。それじゃメアリに、イケメンに仕立て上げて貰おうかな?」
「ルディ様は何時でも男振りの素晴らしいお方ですが、今日はより一層磨きを掛けましょうね?」
嬉しそうにそう微笑むと、メアリは胸の谷間から一本の櫛を取り出す。
「……どっから出してんのさ?」
「ドキドキしません?」
「しません」
嘘です。ちょっと、ドキッとしました。
「そうですか。男性は『胸元から何かを取り出す』という仕草にドキドキすると聞いていたのですが……」
「メアリが魅力的な女性であることは認めるよ? 認めるけどさ? 流石に――どうしたの、メアリ? 顔、真っ赤だけど……風邪?」
「っ……貴方というお方は……なんでもありません。それではルディ様? 鏡に向かって正対してください」
メアリの赤らんだ顔に一瞬、心配の表情を浮かべるも『早くしてください。遅刻しますよ』というメアリの言葉に、黙ってルディも鏡に視線を向ける。
「……少し伸びましたね」
「ん、そうだね。入学前にさっぱりしとこうと思ったんだけど、ちょっとバタバタしちゃってさ?」
「切りましょうか?」
「あー……そうだね。今日の夜とかお願い出来る?」
「承りました」
メアリの心からの笑みに、ルディも笑みを返す。
「……ごめんね、メアリ。いつも面倒掛けて」
後、少しだけしょぼんとした顔を浮かべるルディ。そんなルディにメアリは慈愛溢れる表情を見せて。
「何が面倒でしょうか。私の誇りに御座います」
これはメアリの本音だ。平凡王子だなんだと言われているが、ルディは紛うこと無き第一王子、つまり王族なのだ。『貴族の前で堂々と刃物を所持出来るのは、仕立て屋と散髪屋だけ』と言われるくらい、この辺りのセキュリティは特級呪物の『わく王』でも意外にしっかりしており、裏を返せばルディの服を仕立てる為に仮縫いしたり、ルディの髪を切ったりできるというのはメアリにとって『ルディからの信頼の証』なのである。こだわるとこ、そこかよという意見もあるが。
「それに……役得もありますし」
「役得?」
「格好いいルディ様をもっと格好良く出来て……それを一番に見れるんですよ? 役得意外の何がありましょうか」
「ははは。格好いいはエディの方じゃない?」
「エディ様もますます素敵になられましたが……私は『ルディ様推し』ですので」
「推しって。ありがと、メアリ。君が僕の侍女で良かったよ」
メアリの冗談と受け流すルディだが、残念、これもメアリの本音である。なんせメアリ、ルディフィギアからルディぬいぐるみ、ルディ二次創作のなんでも揃える火力の高いルディオタクなのだ。
「まあ、メアリに髪整えて貰って格好いい僕になったら、僕もちょっとはモテるかな?」
「……」
「メアリ?」
「いえ……そうですね、ルディ様は魅力的な殿方ですし、格好いいルディ様の周りには沢山のどろぼ――コホン、令嬢が群がるでしょうね。昆虫の死骸を見つけたアリの如く」
「……なんか喩え方が悪すぎない? もうちょっとこう、なんかないの? 自分で言うのもなんだけど、『花に蜜を求めて集まる蝶』とかさ?」
「ルディ様に――蝶――アリでも―――ない」
「え? なんか言った、メアリ?」
「いいえ、何も。ですが……それではクラウディア様が嫉妬為されますね?」
メアリ、ディアに援護射撃を送る。流石にこのままではディアが可哀想、という気持ちもちょっとはあるが、それは小指の先ほど、ディアがルディと結婚してくれないと自分の思い描く明るい家族計画が達成できないからだ。自分ファーストなのだ、恋する乙女は。
「ディア? なんでディアが出てくるの?」
「クラウディア様の結婚相手は『王太子』です。エディ様がクラウディア様との結婚をお嫌と言われれば、エディ様が廃嫡される可能性が御座います」
「あー……」
『わく王』では開始早々に婚約破棄をされたディアだが、現実のラージナル王国では若干事情が異なってくる。『は? 次期国王がイヤって言ったら婚約破棄なんか余裕だろ?』と思われるかも知れないが、貴族社会はメンツ商売なのだ。ディアの実家のメルウェーズ家だって自分の娘に非が無いのに、勝手に婚約破棄されたら面白くはない。下手すりゃ、国を二分する内乱にだってなりかねないのだ。そんなリスクを取ってまで、エディを立太子し、どこの馬の骨とも知れない田舎男爵のクレアを王太子妃にするか……というと、疑問が残るのは確かだ。それなら、多少は能力的に劣るも双子の兄であり、ディアとも良好な関係を築いているルディを立太子する方が、長い目で見て『得』という考え方もある。優秀な王は重要だが、凡庸でも周りのスタッフに恵まれていれば、トップなんて誰だって構わないという考えもそこにはある。『優秀な王』というのは『国家』という装置の中で重要だが、必ずしも必要では無いのだ。
「まあ、それはそうかも知れないね」
「そうに御座いましょう? ルディ様だって、クラウディア様の事はお嫌いでは無いでしょう?」
「まあね。可愛い妹だと思っているよ。あ、本当に義妹にもなるし」
「……それは絶対、クラウディア様の前で言わないで上げてください。乙女の情け的に」
「メアリ?」
「コホン。ともかく、そういう意味でルディ様とクラウディア様の婚姻がなる可能性はゼロではありません。それなのに、ルディ様が他の女性に――」
「ま、大丈夫でしょ」
「――うつつを……ルディ様? 大丈夫、とは?」
メアリの言葉に、ルディはにっこりと微笑み。
「だって昨日、ディアとエディ凄く良い雰囲気だったもん! エディに頭撫でられて、ディアは頬を染めてたし……仲直りしたんじゃない?」
「――――は?」
メアリは思う。
――なにやらかしやがりましたか、あのアマ、と、およそ貴族令嬢の使う言葉じゃない言葉で。




