第三百十四話 駄目のピタゴラス〇ッチ
クレアとの食事会――というより、クレアの愚痴大会と、『お願いだからオトコを紹介してくれ!!』という心の叫びに少しだけ顔を引き攣らせながら、まあそれでも昔から知っているカワイイ妹分の為に少しくらいは協力しようかと思ったジムは、既に通いなれた第二近衛騎士団詰め所に顔を出していた。元大工であるジム、真新しい木造のその建物の新築独特の嗅ぎなれた匂いを胸の中に吸い込むと、一路『ある場所』を目指して歩く。
「今日は居ると良いけど……」
コンコンコンと三度、目当てのドアをノック。中から『開いている。勝手に入ってくれ』という声にジムは『失礼します』と一声かけて部屋のドアを開ける。室内にいたお目当ての人物はジムが入って来たと云うのに顔を上げる事もせずに書類に視線を向けていた。考えなくても分かる失礼なその態度だが、ジムは気にしない。
「主席技術官殿。第一小隊、小隊長のジムです」
「名乗りを上げなくても声を聞けばわかる。なんだ? 何か用事があるのか?」
年齢的にはジムの方が数歳上だが、職務上では小隊長であるジムよりも相当位の高い――具体的には兵装部門や兵站部門でのトップである技監の次の次位の地位にいる件の人物に敬礼をした後、ジムは『休め』の態勢を取る。そのジムの行動に、主席技術官は視線を上げて面倒くさそうな顔をして見せた。
「……ジム小隊長、何度も言わせるな。敬礼などは俺には不要だ。そういうのはクラウスにでもやれ」
「団長閣下には勿論しますが……近衛の礼儀みたいなものですから。主席技術官殿も受け入れて下さい」
「俺はそもそも近衛なんぞに入りたくなかったからな。まあ良い。それで? 何の用だ? 俺は忙しいから、話すなら手短に話せ」
「手短に話したら伝わらないと思うのですが……」
「聞きようによる」
「そうですか」
一息。ジムから視線を切って書類に目を落とす主席技術官に。
「主席技術官殿。合コン、しませんか?」
「…………は? 合コン」
思わずといった風に主席技術官は視線を上げてジムをマジマジと見つめる。それも数瞬、呆れた様にため息を一つ。
「……確かジム小隊長、君は新婚と聞いていたが? いや、まあ貴族では新婚でも他所に女性を数人囲うのは別段珍しい話ではないし、生物学的に見れば優秀な遺伝子を残そうとして数多くの女性と関係を持つのは、生存戦略として正しいのかも知れんが……」
そう言ってジト目を向ける。そんな主席技術官に『違う、違う』とばかりに苦笑を浮かべて手を左右に軽く振って見せるジム。
「貴族階級の方々が……あー……その、性に奔放というのは私も承知しております、残念ながら。ですがそれは政略結婚で望まぬ結婚を強いられたからでしょう? 恋愛結婚ですので、私は」
「羨ましい話だな」
「お? 主席技術官殿もそう思いますか? 御自身も政略結婚を為されそうですか?」
「……」
「あれ?」
「……その件に関してはノーコメントだ。まあ、政略結婚が悪いとは一概には……あー……うん。まあ……うん」
「……なんか物凄く歯切れが悪いですが……コホン。ともかく、ちょっと自分の『妹分』が出逢いを探していまして」
「ジム小隊長の妹分?」
「はい。ああ、妹分とはいえ平民ではありませんよ。男爵令嬢の、ちゃんとした貴族です」
ジムの言葉に主席技術官は『ふん』と鼻を鳴らす。
「俺は別に貴族だ、平民だと区別はつけん。重要なのは優秀か、否かだ」
「知っています。自分で言うのはなんですが、そのお陰で私は今此処にいますし」
「そうだ。ジム小隊長、君は確かに平民の生まれではあるだろうが、訓練でもピカイチの成績を残しているからな。そのことに俺は一定の敬意を表している」
「ありがとうございます。まあ、主席技術官殿はそうかも知れませんが、周りの貴族のお歴々はそうではないでしょう?」
「……まあな」
「なので、貴族令嬢の方が座りが良いかと思いまして。どうでしょう? インパクト重視で合コンなんて言いましたが……まあ、ちょっと顔合わせをして貰えませんか、という話です」
ジムの言葉に主席技術官は『はぁ』と大きくため息を吐く。
「お断りだ。そもそもそんな時間は俺には無いし……」
少しだけ言い淀む。
「…………そんな事がバレたら、俺は明日の朝日が拝めないかも知れない」
「……どんなプレッシャーを受けているんですか、主席技術官殿。顔、真っ青なんですけど……」
「……なんでもない。ともかく、そういう事なら他を当たってくれ」
シッシッとばかりに手をひらひら振って見せる主席技術官。そんな主席技術官に、ジムは『ぱちん』と手を合わせて頭を下げる。
「そこをなんとかお願いします!」
そんなジムの姿に、主席技術官は少しばかり珍しそうに眉を上げる。
「……どうした? 珍しいな、そんな君の姿は。それほどその妹分が大事か?」
そんな主席技術官の言葉に、ジムが顔を上げて照れくさそうに頬を掻く。
「あー……まあ、そうですね。可愛い妹分ですし……その、こないだ学園に入ったのですが……あんまり周囲と上手く行ってないみたいで」
「……ふむ」
「主席技術官殿も学園の学園生でしょう? 今後どうなるかはともかく……多少は顔見知りがいれば、お嬢――妹分も過ごしやすいかと思いまして」
「……」
「こんな事、頼めた義理では無いんですが……私の知る限り、妹分と年も近い頼れる方は主席技術官殿しかいませんので……ですから!!」
真剣な表情で頭を下げるジムの姿に、少しばかり息を呑んだ後、主席技術官は『ふぅ』と息を吐きだす。
「……今、新兵器の開発をしている。まだ構想段階ではあるが……実戦配備も行うように進言するつもりだ」
「……はぁ」
不意に変わった話に、首を捻るジム。そんなジムにため息を一つ。
「鈍いな。新兵器の開発では実験……まあ、使用者が必要になる。それを休みの日に手伝え。俺の時間を割くんだ。君も君の時間を俺に使いたまえ」
尊大にそう言って見せる――それでも優しい声音の彼に、ジムの顔は綻んで。
「――ありがとうございます! エルマー主席技術官殿!!」
……果たしてエルマーはユリアの猛攻から逃げられるのか。或いは、クレアはどこかの裏路地のどぶに浮いていないのか。




