第三百十話 すれ違いが産んだ精神的ダメージ
クレアのニコニコした笑顔を呆然と見つめるジムとリーナ。やがて、我に返ったジムはリーナに身を寄せながら小声でリーナに語り掛ける。
「……おい。正直、理解が追いつかないんだけど。なんだ? 女性陣的には普通の話なのか? 婚約破棄された令嬢と、それをさせた令嬢が仲良くなるって?」
ジムの言葉に、リーナは大慌てで首を左右に振る。
「そんな訳ないじゃん!? どれだけ仲良くても人の彼氏に手を出したりした日には絶縁モノだよ!? 彼氏じゃなくても、好きな人が被っただけでも揉めるのに!? っていうか、ジムの方が詳しいんじゃないの!? なに? 貴族令嬢ってそんな倒錯的な趣味があるの!? 恋人を盗られたら興奮するみたいな!? 大丈夫なの、この国!?」
ラージナル王国に対する熱い風評被害である。そんなリーナの言葉に、ジムがイヤそうに顔を顰めて見せる。
「いや、俺も最近は貴族のパーティーに参加はするけどよ? さっきも言ったけど、愛想笑いを浮かべて相槌打つだけだから……ああ、でも、貴族だもんな? 俺たちの常識が通じない可能性はあるのか……?」
「絶対そうだよっ! じゃないとおかしいもん!! この国の最大貴族の令嬢は絶対変な性癖持ってるんだよ!!」
ラージナル王国のみならず、ディアに対する風評被害まで発生した。ディア、完全に巻き込まれ事故である。そんなジムとリーナのヒソヒソ話をニコニコしながら聞いていたクレアに、リーナが恐る恐る話しかける。
「ええっと……お嬢的には大丈夫なんだな? その……メルウェーズ家の御令嬢にイジメられたりはしていない、と」
「はい! 確かに私、変な目立ち方しちゃったせいで学園で浮いちゃっていますけど……ま、まあ! 友達は数じゃないです!! 質です、質!! 私にはクララちゃんとクリスちゃんっていう親友がいますから!!」
そう言って無い胸を張ってイイ笑顔を見せるクレア。『お友達は選んだ方が……』と喉元まで出掛かった言葉を意思の力で飲み込んで、リーナは口を開く。
「そ、そっか! でも良かった! お嬢様にお友達が出来て!! ええっと……く、クララ様? クララ様はメルウェーズ家のお嬢様だって事は分かったけど……クリス様? はどちらのお嬢様なの? レークス家と同じくらいの家格なの? 私も詳しくないけど、同じ貴族って括りでも、爵位が離れ過ぎたら……なんていうのかな? ノリが合わないっていうか、話が合わないっていうか……」
まあ、ノリも話も合わないだろうメルウェーズ家の令嬢には、リーナの中では性癖関連で目を付けられた事になっているのだ。せめて、もう一人の友達は『まとも』であってくれ。そう願うリーナに、クレアは笑顔で。
「ああ、クリスちゃんは貴族じゃありませんよ?」
「え? ……ああ、そっか! 学園は平民の子でも通えるんだったよね!! それじゃそのクリスちゃんは平民の子って事か!!」
クレアの言葉に、リーナが満面の笑みを浮かべる。ジムやリーナと仲が良い事で分かるよう、クレアには所謂『貴族令嬢』みたいな……偉ぶる姿勢がない。まあ、殆ど村長みたいな領地と領民しかいない田舎領主であり、そこで肩肘張って格式ばった事をしても仕方ない、というのもあるにはあるが、これは完全にクレアの性格であり、少なくともジムやリーナにとっては善性に映る点である。
「でも……良かったよ、お嬢様! お嬢様は偉ぶったところも無いし、私達みたいな平民とも仲良くしてくれるからね! 平民との接し方もお手のものだよね! うん、良かった! 少なくとも一人は真面な――」
「おい! それ以上は不敬になる!!」
危ない。それ以上は流石に危ない。そう思い突っ込みを入れるジムに慌ててリーナが口を手で塞いだ後、おずおずと上目遣いでジムを見つめる。
「――コホン。ど、どう言えば良いんだろう……?」
「……これはレークス男爵を馬鹿にするつもりはないんだが……まあ、レークス領は田舎の領地だし……領民と領主様の関係も近い。近隣の貴族とも殆ど交流はないし……お嬢にとっては貴族令嬢よりも接しやすいんじゃないか?」
「それだ! お、お嬢様! そのクリスちゃんって平民の子と仲良くしてね!! そうだ、今度紹介してよ!! お嬢様の『姉貴分』として挨拶したいし!!」
ノリノリでそんな事をいうリーナに、クレアも顔の笑みを深くする。
「はいっ! 是非、リーナとジムにも逢って欲しいです!! 凄く良い子達なので……きっと仲良く出来ると思いますよっ!!」
「……そうかな~? 公爵令嬢とは仲良く出来ない気がするんだけど……」
「何でです?」
「同担拒否派なんですよ、私」
「? 何言ってるんです、リーナ?」
「コホン。何でもないです。というか、お嬢様? 流石に公爵令嬢とお会いするのは気が引けますよ。それなら平民の子と――」
「それ」
「――の方が……はい? それ?」
「はいー。さっきからリーナ、平民って言ってますけど……クリスちゃん、平民の子じゃないですよ?」
「……へ? で、でも、貴族じゃないって!」
「ええ。クリスちゃんは貴族じゃありません。でも、平民でも無いですよ。クリスちゃんは」
そう言ってコップの水を一口。
「王族です。スモロア王国の」
「……挨拶、やっぱりご遠慮させてください」
そう言ってリーナは机に突っ伏した。




