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第三十話 貴方を殺して私は生きるっ!


 ディアの笑顔に苦笑を浮かべた後、エディの顔に真剣な表情が戻る。


「……だが、クラウディア? 私が自身の評判を落とすのも大事だが、兄上の評判も上げる必要がある。兄上、必要以上に能力を隠す癖があるし」


「……そうですね。そこは頭が痛い所ではありますが……」


 困ったように額に手を当てて『はぁ』と息を漏らすディア。そんなディアに、エディも同じように困った表情を浮かべる。


「いっそ、言ってみればどうだ? 『私、ルディのお嫁さんになりたいです。ルディ、国王陛下になって?』とか」


「最初は私もそれを考えていましたし、いけるんじゃないかとも思っています。思っていますが……」


 ため息、一つ。



「『婚約破棄されたディアが可哀想だ! 分かった、じゃ、僕が国王になる!』とか言いそうじゃありません、ルディ?」



「……ああ、まあ……」


 ルディなら言いそうではある。そう思いながら――それでもエディは首を捻る。


「……別にいいんじゃないか、それでも。結果は一緒だろう?」


「……はぁ。良いですか、エドワード殿下? 私は別にただ、ルディのお嫁さんになりたい訳ではないんですよ?」


「……え? なんか前提条件全部吹っ飛んだんだけど? お嫁さんになりたくないのか?」


「ただのお嫁さんはイヤなんです。私は」




 ――ルディに愛されるお嫁さんになりたいんです、と。




「……心底どうでも良いんだが」


「ルディに愛されたいのですよ、私は。ただの義務感とか、同情とかでルディに貰って貰いたくはないんです。本当にルディに愛されたいんです」


「……乙女かよ」




「そして――欲を言えば、私の美貌に辛抱堪らなくなったルディに、ベッドの上で――」




「うん、黙ろう。幼馴染のそういう話は聞きたくない。そして乙女じゃなかった」


 超肉食系でありながら、向こうから来させたい系女子でもあるのだ、ディアは。


「……まあ、だがそれが一番話は早いのかもしれないがな」


「え? ベッドの上で押したおさ――」


「そっちじゃない! そうではなく……兄上はなんていうか……欲……うん、欲だ。欲が無いだろう?」


 少しばかり困った様な、残念そうな顔を浮かべて見せるエディ。そんなエディに、ディアも少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべる。


「……そうですね。ルディは『なにか』を欲しいと思った事、無いのかも知れませんね」


「なんせこの国の最高権力者である『国王』の地位すら欲しない方だしな、兄上。既にすべて満たされていると感じているのかもしれんが……」


「……勿体ないですね」


「ああ、本当に勿体ない。兄上はもう少し『欲』があっても良いのだがな。兄上の唯一の欠点だな」


『欲』というのは人間の根源的な欲求であり、別に否定されるものではない。今よりも良い暮らしをしたい、いい車に乗りたい、美味しいものを食べたい、彼女が欲しいという『欲』は、言い換えればそれを手に入れる為の向上心になるからだ。『欲』の無い人間はそれ以上の成長をしないし、待っているのは緩やかな堕落である。


「……ルディの悪口は言わないでください」


「睨むな、怖いから。だが、クラウディアだってそう思うだろ?」


「……それは」


「兄上に愛されたいのだろう?」


「……はい」


「だから、兄上が……そうだな、クラウディアに『執着』すれば……もしかしたら、やる気を出してくれるかも知れない。兄上の評判を上げるのも勿論必要だが、兄上自身にもやる気になって貰わないと意味が無いからな。クラウディアはそういう意味では良い動機付けになるんじゃないか?」


 心持、優しい声音と視線。そんなエディの視線を受け、ディアは揺れる瞳をエディに向ける。




「……成れるでしょうか?」




「……クラウディア」


「私は……ルディに、本気で手に入れたいと思われる様な、そんな女性に成れるでしょうか? 手放したくないと、誰と戦っても奪い取って見せると、そんな風に、私のルディに向ける愛と、同じ量の愛を」



 ――ルディは、注いでくれるでしょうか? と。



「……不安で、不安で、たまりません。ルディに『いらない』と言われるのが」


 怖いです、と。


「……心配するな。クラウディア」


「心配にもなります。十年、ずっと慕っていたのに……全然、ルディは気付いてくれないし」


「それは……まあ、仕方ないだろう。お前は俺の婚約者だったしな。兄上にそんな趣味は無いし」


「……やっぱり、全部貴方のせいです」


「冤罪だ。お互いの家のせいだな、これは」


 そう言って苦笑を浮かべ、エディは言葉を継ぐ。


「心配するな、クラウディア。お前は綺麗で、可愛いさ。流石に今すぐは難しいだろうが……兄上の近くに一番いたのはお前だろ? なあ」



 ディア、と。



「……その名で呼んでいいのはルディだけですよ、エディ」


「ま、たまには良いじゃないか。『俺』ら、幼馴染だし」


「そうですね。後、『綺麗で可愛いさ』ってなんですか? もしかして、口説かれています?」


「残念でした。俺は、俺に振り向かない女に横恋慕とかしないの」


「あら、それは残念。珍しく弱気な私を慰めたらコロッと行ったかもしれませんわよ? 貴方の言う、『綺麗で可愛い』女の子が、貴方に」


「嘘つけ。ディアが兄上以外に靡くわけ、ないだろ?」


「ふふふ。そうですね」


 柔らかい笑みを浮かべ、ディアは静かに席を立つ。


「……ありがとうございました、エドワード殿下。それと……申し訳ありません、少しばかり弱気になりました」


「気にするな。クラウディアに弱気になられたら、この作戦は成功しないからな。お前の為じゃない」


「……もう。素直じゃないんだから」


 そう言って苦笑。その後、小さく一礼をして見せる。


「ですが……もう一度、ありがとうございました」


「感謝は受け取る。それじゃ――」


 その時、エディの視線に下げたディアの頭が見えた。


「クラウディア? お前、頭の上に鳥の羽が付いているぞ?」


「鳥の羽……? ……ああ、先ほどメアリさんの部屋に云ったからですね」


「……なんでメアリの部屋に行ったら鳥の羽が頭に付くんだ? 鳥でも飼っているのか、メアリは」


 メアリの布団でルディのジャケットを着てゴロゴロ転がりまわったから、羽毛布団の羽が頭に付いたのでしょう、とは流石にディアも言わない。


「……少し恥ずかしいですね」


「まあ、鳥の羽頭に付けて王城内を歩いてたら恥ずかしいな」


「……顔が熱くなります。ええっと……何処でしょうか?」


「頭のてっぺんのちょっと右の方だ」


「……此処ですか?」


「……ああ、俺から見たら逆になるのか。ふ、ちょっと待て。取ってやる」


 そう言って、エディがディアの頭に手を伸ばし、ディアの頭の羽を取――




「――エディ! ちょっとは……な……し…………が」




 バン! と音を立てて、ルディが室内に入り――そして、世界の時間が止まる。ルディの視線の先には、エディとディアが映っていたのだ。




 そう、『顔を赤くするディアの頭を優しく撫でる、笑顔を浮かべたエディ』の姿が。




「……仲直りして良かったよ! ラブラブ中にお邪魔してごめんね~」




 親指をぐっと立てて、入って来たドアをしっかりと締めてルディは室外へ。黙ってその部屋のドアを見つめていたディアは、油の切れたブリキの人形の様に、ギギギと音が鳴りそうな緩慢な動作でエディに視線を向けて。





「………………貴方を殺して、私は生きてルディの誤解を解きます」





「待て! それは何もかいけ――おい! それ、私が殺されるだけなんだが!!」


「っていうか、何勝手に乙女の頭触ってるんですか!! 潰しますよ!!」


「何処を!? いや、怖いんだけど!!」


 顔を真っ赤にしながら『ぐー』握りこむディアと、『暴力反対』と言いながら室内を逃げ回るエディを見ながら、エディ付き侍女であるティアナは『前途、多難だな~』と思いながらため息を吐いた。


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