第三百八話 学校には馴染んではいないよ、うん。
ジムの『お嬢、いじめられてねーか?』発言。そんな発言を受け、そっと視線を逸らしたまま、紅茶のカップに口を付け――『良いですか、クレアちゃん? 折角、クレアちゃんのお母様が別嬪さんに生んでくださったんですから、もうちょっと所作を勉強しましょう!』というクリスティーナとディアの二人からの薫陶を受け、優雅な仕草で口を付けたそれをソーサーの上に戻して、こちらも優雅に微笑んで。
「あ、あはは~。何を言っているんですか、ジムは。わ、わわわわ私がイジメられている? お、面白い冗談を言いますね~、じ、ジムは」
おもっくそ、動揺していた。断っておくが、別にクレアはイジメられてはいないのだ、イジメられては。いや、まあ学生寮中の生徒から無視をされたりしているので、広義の意味ではイジメと言えばイジメではあるかも知れないのだが……こう、何か物を隠されたりとか、直接的な身体的ダメージを与えられたりはしていないし、よくある『あら? クレアさん? その様な所作で良くもまあ学園の門を叩けましたわね~。オーホッホホ!!』みたいな悪役令嬢にやられた訳でもないのだ。なんせ、バックに付いているのが自国の王子、自国と同じくらいの大きさの国の第一王子と第一王女、そして自国最大貴族の公爵令嬢なのである。これでクレアに喧嘩を吹っ掛けようものなら、それこそ我が家が吹っ飛ぶのだ。下手な事は出来ない結果、『遠巻きに、なるべく関わらないようにしよう』という共通認識が寮生に生まれたとしても、誰も彼女たちを責める訳にも行かないだろう。触らぬ神に祟りなし、である。
「どんだけ動揺してんだよ、お嬢? まさかビンゴか?」
そんなクレアの言動にジムは呆れた顔をして見せる。反対に、リーナはジムを小さくにらむと、クレアの手を両手で包み込む。
「馬鹿な事を言わないでよ、ジム!! 私たちの可愛いお嬢様が、こんなに愛らしいお嬢様がイジメなんか会う訳ないでしょう!」
「いや、リーナ? 俺もそう思うんだけど……こう、お嬢を見て見ろよ? もう一口口付けようともったカップがカタカタカタカタ煩いくらい震えているし、顔面は蒼白、しかも冷や汗がスゲーだろうが」
ジムの言う通りである。流石に今のクレアの様子を見て、『うん、きっと学生寮で幸せに過ごしてるんだな!!』みたいな事を思う人間は余程の能天気か、余程のバカである。そんなジムの言葉に、リーナは呆れた様にため息を吐いた。
「これだからデリカシーの無い男は……仮にそうだとしても、お嬢様が私達に『イジメられてるんです』って言えると思うの!? もし分かっても察しなさいよ! こういう時は気付かないフリをするものよっ! 貴族様と接する機会も多いんでしょう? 人間関係の機微くらい学んでおきなさい!!」
庇う様でその実、『いじめられっ子に面と向かっていじめられっ子って言うな!! 傷付くだろう!!』と言外に伝えるリーナ。そんなリーナに、ジムは『ああ!』と大きく頷いて見せる。
「そっか……そうだよな。レークス領のこざる――じゃなかった、天使と呼ばれていたお嬢だもんな。そんなお嬢が学校で……あー……いじめ……じゃなくて……う、うーん……」
「馴染めない」
「それだ! 馴染めないなんて、恥ずかしくて言えないもんな!!」
「だから! それを大きな声で言うな、このバカジム!!」
ジムも酷いが、リーナも大概酷い。そんな敬愛する兄姉分に白い目を向けながら、リーナはコホンと小さく咳払い。
「……ジムもリーナも……良いですか? 私は別にイジメられてはいませんよっ! 靴を隠されたり、教科書を破かれたり、頭から水をかけられたりなんかしていませんからっ!」
クレアの言葉に、リーナとジムがお互いに目を見合わせる。『お前、言え』という無言の圧力に負けたジムが、遠慮がちに口を開く。
「ええっと……それじゃ、なんでさっきはあんな反応したんだよ? だってお嬢、あれじゃ『私、学校でイジメられています』って体で表現している様なもんじゃねーか」
ジムの言葉に、リーナもうんうんと頷いて見せる。そんなリーナとジムに、少しだけ気まずそうにクレアは口を開く。
「ええっと……まあ、確かに学校に馴染んでいるかというと、そこまで馴染んではいないかも知れませんね。知れませんが……まあ、お友達も出来ましたし、楽しくは過ごしていますよ? ですから心配しないでください」
そう言って笑って見せるクレア。その笑顔に、少しだけ顔に笑顔を戻しかけ――首を捻ってリーナは口を開く。
「ええっと……お嬢様? お嬢様はなんで学校に馴染んでいないの? 今の話だったら、お友達は出来たんでしょう? なのに馴染んでないって……?」
首を捻るリーナ。そんなリーナに、少しだけ視線を逸らして。
「ええっと……実はですね? 今、王子様に求婚されてまして……」
「「…………はい?」」
嘘はついていない、嘘は。っていうか、嘘だったらどれだけ良いのか、という話であるが。




