第三百三話 目の前でいちゃいちゃしやがって!
クリスティーナとディア、そしてメアリとの婚約の話は一躍、大陸中を駆け巡り――そして、大きな騒乱を呼んだ。ディアが、メルウェーズ家の令嬢がラージナル王家に嫁ぐという事は各国の認識としては既定路線ではあったが、まさかスモロア王国の姫君まで嫁ぐ、という事態に大陸中の国々が仰天したのだ。
ラージナル王国と、スモロア王国の縁組。
大陸でも大きな国家の二つであるこの二か国が縁戚関係になる、というのは即ち大陸諸国家のパワーバランスを大きく崩す事になりかねない。各国はこぞってこの二か国の縁組を大々的――には非難しなかった。そんな事をすれば内政干渉になりかねないし、別にルディにもクリスティーナにも決まった婚約者がいた訳ではないのだ。何処にとっても不義理でない以上、文句は言えないのである。言えないのであるが……まあ、面白くは無いし、不安だし……そして、不信感が募った。
代わりと云ってはなんだが、エディとエドガーに対する縁談の話は加速度的に増えた。当たり前と言えば当たり前の話、この二か国が組んで攻めて来られたらキツイのである。それならばいっその事、この二か国の『水面下での同盟』に加えて貰えた方が良い。各国の同年代の姫がいる王家はこぞって二人の下に釣書を送った。
「……」
「……」
「…………あ、あははは……」
エディとエドガー、各々の執務机に小山位に積まれた釣書の話を聞いて、ルディが招いたのルディの自室。そんなルディの部屋で、背中が煤けた様に猫背にした二人――エディとエドガーがルディの前の椅子に、頭を抱えて座っていた。なんとも言えない悲哀の籠ったその姿にルディが一瞬息を呑み……それでも、恐る恐る声を掛ける。
「……大丈夫、二人とも?」
「……大丈夫じゃない」
「……同じく」
重症である。ルディの言葉に、エディもエドガーも心の籠っていない声でそう返す。そんな二人の前に、メアリが紅茶のカップをそっと置いた。
「……どうぞ、エドワード殿下、エドガー殿下。お疲れかと思いましたし……精神的に来ているでしょうから、リラックス効果のある紅茶にしました」
そんなメアリの言葉に、エディがそっと顔をあげる。声を漏らさなかったのは流石は王太子付メイド、メアリ。それほどにエディの顔は疲れ切っており……そして、目のハイライトは仕事を放棄していた。
「……ありがとう、メアリ義姉さん」
「……エドワード殿下……お疲れの御様子で。それと、メアリ『義姉さん』はお止め下さい。殿下にその様に仰られると……」
「なんでさ? メアリ義姉さんは兄上のお嫁さんだよ? それならば私にとっても義理の姉だ。おかしなことは言っていないよな、エドガー?」
エディの言葉にエドガーもゆっくりと顔をあげる。こちらも目のハイライトはストライキを起こしていたが、それでもにっこりと微笑んでみせる。なんだかその表情はヤンデレみたいで怖い。
「うん、そうだね。ボクもそう思うよ。まあ、ボクはクリスがルディに嫁ぐし、ルディが義弟になるけど……それでもやっぱりメアリさんは『義姉さん』って感じかな? まあ、エディ程は近しい関係じゃないけど……でもやっぱり、ボクら幼馴染の『お姉さん』だしね、メアリさんは」
「それもあるな。メアリ義姉さんは兄上と婚約しようがしまいが、やはりみんなの『お姉さん』だ」
「……両殿下」
二人の言葉に、メアリの胸の内が温かくなる。メアリは確かにルディ第一である。第一であるがしかし、幼いころから見知って、そして面倒を見て来たエディやエドガー、勿論クリスもディアも、アインツやクラウスだって自身の弟、妹の様なものなのだ。そんな可愛い『弟妹』に『お姉さん』と慕われれば、これは嬉しくない訳がないのである。ちなみにエルマーに関しては残念ながら極度のコミュ障が祟って、殆ど王城に来ることは――技術院に顔を出す事はあっても、生活空間としての王城に顔を出す事は殆ど無かったので、メアリ的には『親戚の子』くらいの感覚である。
「……よかったね、メアリ」
「……はい。メアリは……幸せ者に御座います」
少しだけ潤んだ瞳を見せるメアリの肩にそっと手を置くルディ。そんな肩に置かれたルディの手を両手で包み込み、メアリは万感の思いでルディを上目遣いで見つめる。
「……本当に、幸せ者です。可愛い――というと、失礼ですね。今は立派な紳士・淑女に育った皆様に『姉』と言って頂けて……」
「……メアリがいつも皆の面倒を見てくれていたからだよ」
「いいえ。それは私の『仕事』に御座います。わが身はメイド、メイドは高貴の肩のお世話をするのが仕事。当たり前の事をして、それに感謝を、あまつさえ『姉』と呼んで頂けるなど……」
「……メアリ」
「……ふふふ。これはきっと、ルディ様に皆様が影響されたからでしょうね? 皆さま、心根のお優しい方であることは存じ上げていますが……やはり、ルディ様の薫陶によるものでしょう。流石」
私の旦那様は、素敵です、と。
まるで花の咲いた様な笑みを浮かべるメアリに、少しだけ照れくさくなって視線を逸らして。
「……良くもまあ、今のボクたちを前にしていちゃいちゃ出来るね、ルディ」
「……私の場合は自業自得ですが……人の心とか無いんですか、兄上」
逸らした視線の先で、じとっとした目を向ける二人と目が合った。




