第三百一話 正妃論争
『そこの所は上手く説得しろ。それがお前の最初の仕事だ……と言いたい所だが……王太子の最初の仕事が妃の説得って……』と肩を落とすアベルの部屋から出て、数日。
「……と、言う事で……クリス、正妃になってくれないかな?」
「…………えぇ~……」
自室にクリスを招いたルディが単刀直入にそう言うと、クリスティーナは物凄くイヤそうな顔をして見せる。そんなクリスにため息を吐きつつ、ルディはメアリの淹れた紅茶に口を付ける。
「なにが『えぇ~』ですか、クリス。貴女が正妃になるのが普通でしょう? 我儘言わないでください」
クリスティーナの言葉を聞きながらルディと同じように紅茶に口を付けて、ディアは半眼でクリスティーナを睨む。そんなディアの視線に、クリスティーナは小さく息を吐いた。
「他の国なら分かりますよ? 私が輿入れしたら、そりゃ私を正妃にするしか無いでしょう。ですが、此処はラージナル王国じゃないですか? ラージナル王国の次期国王妃はメルウェーズ家の子女がなる事は、それこそ私たちが生まれる前からの決め事でしょう?」
「妃にはなるじゃないですか、私も。側妃ですが」
ツンっとそっぽを向いて紅茶を飲むディアに、今度はクリスティーナがジト目を向ける。
「言葉遊びは止めましょうよ、クララ。分かっているでしょう? この国最大貴族のメルウェーズ家の子女が王家に輿入れなんて、そりゃ正妃含みに決まっているじゃないですか。そこに横入する形になるんですよ、私? 絶対面倒くさい事になるじゃないですか」
「我が家も、諸侯貴族も受け入れていますよ? スモロアの麗しき姫君が王家に輿入れをするのであれば、諸侯貴族筆頭のクラウディアが側妃になるのも仕方ない、と」
「面従腹背って知っています? 言葉では何とでも言えるでしょう、そんなもの」
『いいよ!』と言っていたとしても、腹のウチは分からない。特に諸侯貴族としてはメルウェーズ家という親玉とその娘を通じて、宮廷貴族に独占されている王宮政治に関与したいという勢力も一定数いるのだ。そんなものアルベルトは勿論、クラウディアも許すつもりはないが……まあ、夢想するのは自由である。
「スモロア王家からの横やりのせいで、社交界の華であるメルウェーズ公爵家令嬢が側妃に落とされた、となるとそれこそ国家転覆の危機だと思いませんか?」
「ですが、クリス? スモロアの姫の輿入れが側妃となれば、これはスモロア側としては面白く無いでしょう。私が側妃になることで内政面で問題が起こるとすれば、クリスが側妃になれば外交面で問題が起こります」
「内政の方が面倒じゃないです? なんせ一緒の国に暮らす者たち、顔を合わす機会も多いですし」
「外交の方が面倒でしょう。外圧に耐えながら政治を行うのは流石に厳しいですよ?」
あちらを立てればこちらが立たず。どちらの意見にも一定の理も利もある以上、結論が出ないのは仕方ない。どちらも正しくて、そしてある意味どちらも間違っているのだから。
「……埒があきませんね。ルディ様? 御裁可を下さなくてよろしいので? このままではキャットファイトに突入しますよ?」
睨み合う二人にため息を吐きながら、ルディの背後に立っていたメアリがそっとルディの肩に手を置く。
「……御裁可って言われても……僕の中では答えが決まっているというか。さっきも言った通り、クリスに正妃をやって貰いたいんだよね。だからまあ、裁可とかじゃなくてここからはどうやってクリスに納得してもらうかになるんだけど……」
メアリに言葉に困った顔を浮かべるルディ。ルディ的にはもう決まった問題なのだ。後はどうやって落としどころを持っていくかなのだが。
「……なるほど。ルディ様の中ではクリスティーナ様が正妃になることが決定である、後はどうやって納得させるか、という話ですね?」
「うん」
「それならとっても簡単な方法がありますよ?」
「……あるの?」
「はい。これを言えば一発で納得するであろう魔法の言葉が御座います」
「……拝聴したいんだけど?」
蜘蛛の糸を掴むよう、そんな縋るような目でメアリを見やるルディ。そんなルディに、メアリは聖母の様な笑顔を浮かべ。
「――ルディ様が、『正妃になってくれたら、クリスに僕の『初めて』を上げるよ』とイケボでクリスティーナ様の耳元で囁いて差し上げれば宜しいのですよ。きっとクリスティーナ様、腰砕けになってふにゃふにゃで受け入れて下さいますよ?」
「…………はい?」
「分かりにくかったですか? 簡単に言えば、ルディ様のどうて――」
「言わせないよ!?」
垂れて来たと思った蜘蛛の糸は、とんでもない爆弾だった。皆様、お忘れかも知れないがこのメアリさん、『ルディ様ファンクラブ』という狂気と狂喜の集団のトップなのである。




