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第二十九話 『ざまぁ』作戦


 ディアが常の状態に戻るまでに費やした時間、およそ一時間。ようやく混乱のデバフから抜け出したディアは、今はエディの前で優雅に紅茶を飲んでいたりする。


「……私も暇では無いんだが?」


「申し訳ございません。少し、取り乱しました」


「……少し?」


「少しです。今はエドワード殿下の御前ですし」


 ディアの言葉にエディは戦慄を覚える。え? こいつ、一人だったらもっと取り乱すの? と。


「……それは流石に治した方が良いぞ? 良い医師を紹介しようか?」


 主に、頭の。


「結構です。そこまで困っていませんので」


「困っていないって……ま、まあそれでクラウディアが幸せなら良いが……コホン。話を戻そう。兄上とクラウディアの結婚式で、兄上への想いを公表する許可が欲しい、と?」


「はい」


 ディアの言葉に、エディは瞑目するように中空を見つめ。



「……え? 今更感、なくない?」



「今更感?」


「だってクラウディア、兄上の事大好きじゃん。クラウスもアインツも、それに私も皆気付いているぞ? っていうか、王城中の人、殆ど知ってるんじゃない?」


「それは貴方がたが――待ってください。王城中の人、殆ど知ってる?」


「殆ど、は言い過ぎだが……なあ、ティアナ?」


 くるりと首を後ろに向け、背後に控えるエディ付き侍女のティアナに問いかける。問いかけられたティアナは気まずそうに視線を逸らし。


「……クラウディア様のルディ様への……その、思慕は存じ上げておりました」


「……」


「……」


「……ティアナさん」


「……はい」


「……忌憚のない意見で構いません。私のルディへの接し方、どう見てましたか?」


「……飼い主見つけて千切れんばかりに尻尾振る犬みたいでした。ルディ様にお逢いした時のクラウディア様」


「……」


「愛が重いな、と」


「……」


「それと……たまに、『ねぇ~るでぃ~。でぃあ、ちょっとつかれちゃった~』みたいな、ちょっと舌足らずの発言されている時は……不敬ながら、脳が腐るかと思いました」


「……ちょっとは遠慮してくれませんか?」


「忌憚のない意見、と言われましたので」


 そう言ってティアナはディアに一礼。そんなティアナを煤けた目で見つめながら、ディアは口を開く。


「……なんで……ルディには伝わらないのでしょうね?」


「……兄上は鈍いからな。まあ、そこが兄上らしいと言えば兄上らしいが」


「……こないだなんかルディ、私がエドワード殿下に思慕を抱いているとか世迷言を言っていたんですよ?」


「……兄上に良い眼医者を紹介するべきか、クラウディアの猫かぶりの技術を褒めるべきか悩ましい所だが」


 ディアの言葉に、エディは苦笑を浮かべて肩を竦めて見せる。貴族令嬢として感情を表に出さないのは立派な技術の一つだし、そういう点ではディアのこの行動は褒められるべきではある。本人、溜まったもんではないが。


「それで? 兄上への想いを公表するのは構わないが……そんな事で良いのか?」


 エディの話の軌道修正に、何時までも煤けてばかりもいられないとディアもその修正されたレールに乗る。


「ええ。今の私の『同情』の多くは『婚約破棄された貴族令嬢』だからではありません。『愛する婚約者』に婚約破棄された貴族令嬢だから、です。婚約破棄自体は珍しいものでもありませんしね」


「まあな」


 政略結婚とは利害関係の一致が見られて初めて為されるものだ。その関係が無くなった以上、『政略』結婚は成立しない。一方にだけ利がある政略なんてものはなく、そこにあるのはボランティア精神だ。当然、貴族社会にそんなあまっちぃ考えは微塵もなく、往々にして『婚約破棄』自体は珍しくない。


「今回は殿下の行動でインパクト抜群でしたが」


「悪かったな。入学式の前の日のお前の行動が本当に腹が立っていたのだろうな。今までの蓄積もあり、ボカンだ」


「しかも……おぞましい事に、殿下と私、仲睦まじく見えていたそうで」


「……見ろ、クラウディア。鳥肌が立ったぞ」


「汚い腕を見せないでください。ルディのなら喜んでみますが……貴方の腕など、見たくもないです、汚らわしい」


 政略結婚自体は珍しくもないし、そこに愛があろうがなかろうが大した問題は無い。まあ、お互い好意があった方が望ましいよね、くらいはあるが、それだけである。ちなみにこの『お互い好意があった方が望ましい』も『やっぱり愛する二人が結ばれた方が良いよね!』という人道的な理由では勿論、ない。単純に家庭内での不和は家としてはマイナスであるし、下手に他所に愛人囲って後継者問題が発生するのが面倒くさいだけだ。


「……まあ、これに関しては自業自得の所もありますが」


「完璧だったもんな、クラウディアの擬態」


「頭の中で『これはルディ、これはルディ』と言い聞かせてましたから。まあ……やはりルディに向ける愛の小指の先程も向ける事は出来ませんでしたが」


「別にお前の愛を乞いたいとは思わんが、『これ』は無くないか?」


 はぁ、とため息。


「……つまり、お前と私が仲睦まじく見せていたのはただのポーズで、お前は最初から兄上の事が大好きだった。婚約破棄上等、と」


「ええ。欲を言えば、エドワード殿下にもそれを証言して下されば」


「……それでクラウディアの名誉は回復され、俺は婚約破棄をしたつもりが、自分を愛していない婚約者に最高の結果をプレゼントした間抜けな王子、と。加えてクラウディアが王妃になれば、愛も権威も手に入れたシンデレラストーリーの完成、と」


「ええ。それで私の名誉は回復されます。なんと言いましたか……ああ」



 ――ルディ曰く、『ざまぁ』というらしいですよ、と。




「『ざまぁ』、ね。了解した。それで行こう」


 エディの苦笑に、ディアは今日一の笑顔を浮かべて見せた。


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