第二話 断罪されるのは第二王子
思ってたんとなんか違う。
そう思うルディの目の前で、エディはクラウディアを睨みつけると尚も言葉を続ける。
「大体、クラウディアはいっつもそうだ!! 『国王陛下を継ぐものとして相応しいお振舞いを』って! 昨日だけで何回言ったか覚えてるか!?」
「恐れながら殿下。殿下は今まで食べたパンの枚数を覚えておられるので?」
「パンの話はしていない!! 三十二回だ! 三十二回だぞ!? っていうか、パン食べる頻度で言ってるんだぞ、お前!? おかしいと思わないか!?」
三十二回は多い、とルディは思う。一日二十四時間だとして、単純に一時間に一回以上は――
「一時間だ!? お前と一時間お茶をしただけだぞ!? なんだよ、三十二回って!?」
――違った、二分に一回以上だ。
「それを延々、毎日毎日だ!! オウムだってもうちょっとマシに喋るわ!!」
「殿下、落ち着いてください。この様な場所でその様な大声を出すのは、国王陛下として相応しいお振舞いとは思えません」
「煽ってんのか、お前!」
「殿下、僭越ながらこの様な場所で婚約破棄を宣言されるのも国王陛下として――ああいや、人として相応しいお振舞いでしょうか? こんな公衆の面前で、この様に罵倒されて婚約破棄などされては、私の立つ瀬がないと思いませんか? 可哀想な令嬢を産み出すのがご趣味ですか? 人の心とか無いんですか?」
「最後のセリフだけはお前には言われたくない! 人の心とか無いんか、お前!!」
ぜぇぜぇと息を切らし、キッとした視線をクラウディアに向けるエディ。そんな視線を受けてもクラウディアは素知らぬ顔だ。
「ともかくだ! お前の様な冷酷な女、絶対に願い下げだ!! 分かるか? 昨晩の徹夜で木陰のベンチで休んでいた俺に、『大丈夫ですか? お疲れでしょうか?』って優しく声かけてくれたクレアの笑顔!! あの笑顔に、私がどれだけ癒されたか!! 『お腹が空いているんですね? それでは……これでもどうぞ』って、手作りのクッキーを渡してくれ、微笑んでくれたあの天使の様に愛らしい笑顔が! お前に分かるのか、大魔王!!」
「え、チョロい」
「お前今、なんて言った!?」
「コホン。それはともかく……殿下、私は大魔王ではありません」
「分かってる!! ただの比喩にすぎ――」
「我が家は公爵家ですので、悪魔公爵が正しいかと。ああ、地獄の公爵なんかも良いかも知れませんね」
「そっちかよ!! 『良いかも知れませんね』じゃない!!」
「そもそも……殿下? 殿下は国王陛下を継がれるお立場ですよ? 常々言っていますよね? 『イイですか、殿下? なんでもかんでも口に入れてはいけません』と」
「言われてねーよ!! 私は赤子か!!」
「違います、殿下。これは『ドッグトレーナー教本』に書いてあった事です」
「まさかの犬扱いだと!?」
「駄犬の類です」
「駄犬!?」
クラウディアの言葉にエディが絶句する。そんなエディを見やり、クラウディアは言葉を継いだ。
「……私は常々言っておりますよね、殿下? 殿下はいずれ、この国の頂きに立つ人間である、と。その様なお立場のお方が、誰かも分からぬ――たとえ、学園の生徒とはいえ、軽々と貰った食べ物を簡単に口に入れてはいけません。毒が盛ってあったらどうするのです? 御身に何かあれば、この国はどうなると思いますか? その様な行動、果たして国王陛下に相応しいと言えるでしょうか?」
「学園の生徒だぞ! これから共に学ぶ、仲間だろうが! そんな仲間の事を疑うのか!!」
「殿下も私も今日、入学ですよ? なんで学園の生徒と分かるのですか?」
「制服を着ていた!! だから――」
「……っち。この平和ボケが……」
「――彼女は……クラウディア? お前今、舌打ちした?」
「していませんよ、そんなはしたない事。ともかく……一億歩譲って見知った人間からならともかく、初対面の人間から貰ったものを口に入れるとは何事ですか。『知らない人からモノを貰った時には保護者に報告しましょう』という高等教育はまだ殿下には早かったですかね?」
「初等教育だ、それは!!」
「ともかく、この話はもうお仕舞いです」
「話を聞け、クラウディア!!」
「どちらにせよ、殿下の一存で決められるお話ではありません。良いですか、殿下? 私と殿下の婚約は陛下が裁可された事ですよ? その様な勝手が許されると思っているのですか? ……まあ、こちらとしては望むところではありますが」
「うぐぅ…………え? 望むところ?」
「……ともかく、その女性の腰から手を離しなさい。女性の、それもまだうら若い女性の腰に手を回すなんてどういう了見ですか。殿下のみならず、その女性の評判にもつながります。その様な有様で、何処が完璧王子なのですか。婚約破棄するにしてもしないにしても、どちらにせよ今すぐ結論が出るお話ではありません。そもそも」
そう言ってクラウディアは氷の様な視線をエディに向けて。
「――今は神聖な入学式ですよ? そんな入学式で、婚約破棄だの新しい婚約者だの……」
それが、国王陛下を継ぐものとして相応しいお振舞いですか、と。
さっと取り出した扇子で口元を隠し、絶対零度の視線をエディに向け続けた。