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第二百八十話 誰がルディの寵姫か問題


「まあ、そうは言っても別に愛されて無いとは言いませんよ? そして、勿論国王としてお父様の判断が正しいとも思っていますし。なので、そこに関しては同情される事でもないとは思っていますし」


 何でもないようにそう言って、クリスティーナは紅茶に口を付けた後、視線をメアリとディアに向ける。


「と、言いますか……メアリさんのご実家だって、クララのご実家だって同じような考えでは無いですか? じゃないと、政略結婚なんて概念は出てこないでしょう? その為の教育じゃないですか」


 実際問題、政略結婚とは家と家の『契約』なのだ。そこに別に愛は必要ないし、もっと言えば『娘』は娘であって娘でない。政治の道具なのである。しかして、これを持って貴族令嬢、貴族令息の人権が無い、という訳では無いのだ。


「まあ、それはそうですが……」


「そうですね。我が家の発展の為に、というのは分かります。クリスティーナ様の場合、ご実家がご実家なので規模こそ大きいですが……」


 そもそも論として、政略結婚が『家』と『家』の契約なのであるとすれば、言ってみれば相手側に嫁ぐ女性とは生家を代表して嫁入りする、いわばその家の外交官的な役割を果たすのだ。時に嫁ぎ先の情報を生家に送り、時に嫁ぎ先の実家に対してメリットを提供する仕事でもあるのだ、政略結婚とは。つまり、『よくわかりませんが、政略結婚でお嫁さんに来ました~。どうも~、よろしくでーす』みたいな、何にも考えてないパッパラパーには任せられないのだ。可愛いだけじゃダメですか、はい、ダメです、なのである。


「でしょう? まあ、勿論私もルディに嫁いだ以上は、ラージナルを我が国家として考え、ラージナルの利益のみを追求することを誓いますがね? お父様への義理として、プライドくらいは満たしてあげないとダメかな~とは思っています」


アインツが昔、クリスティーナに指摘した通り、『嫁いだ家を自身の家として、誠心誠意勤めを果たす』というのが本来の筋なのだが、まあ、人に寄っては外交官兼スパイみたいな『お嫁さん』もいたりするのだ。まあ、外交官だって駐留先の情報収集が仕事の一つであるから、公然のスパイみたいなもんではあるが。


「そうですか。スモロア王国がそうなるとすると……やはり、我が家が折れるのが自然でしょうね」


「申し訳ありません……」


「クリスに謝って貰う事ではありませんわ。そもそもお父様も、『エドワード殿下に嫁ぐ必要はない!』と随分憤っておられましたし……そ、その、好きな人と結ばれるのであれば、正妃と側妃にこだわらない……と、良いな、とは思っております」


 一応、理由があれば父親は引くだろう、とディアは思う。他国の姫が嫁ぐ以上、公爵家が一歩譲るのはまあ、理解は出来るだろう。諸侯貴族の説得は大変だろうが。


「……まあ、その辺はお父様のお仕事ですし」


 ディア、丸投げを決意する。自身の幸せな結婚生活だけを考えても良いだろう、の精神だ。今まで十年、好きでもない婚約者の側でニコニコ笑っていたのだ。これくらいの役得はあっても良いだろうと『うん』と頷き、ディアはにっこり笑って見せた。


「分かりました。それではお父様には私の方から言っておきましょう。此処は……そうですね、スモロア王国に『恩』を売った方が得だ、と」


「そうしてくださいませ。まあ、それが一番『座り』が良いでしょうし」


「まあ、ルディ次第な所もありますがね。なんせルディですし? 私たちの思いも寄らないウルトラCを用意しているかもしれませんよ? 二人揃って正妃、とか」


「流石にそれは、と思いますが……まあ、ルディですし? 何かしら、誰にも損をさせない方策を出してくれる可能性はありますね」


「ええ。なんせルディですもの」


 二人してそう言ってにこやかに笑い合う。正妃、側妃で争って――もいないが、少なくとも同時に妻になる二人にはあり得ない程に和やかな時間と、そしてルディへの期待値が半端ない事になって胃を痛めるだろうが、それはまあ、別の話である。まあ、男の甲斐性だ。


「……大変にございますね」


 そんな中、正妃、側妃論争の外側にいたメアリがポツリとそう零す。幾らなんでも自分が入ることはないその争いに対する感想の一つであり。




「――まあ、一番愛されるのはどちらにせよ、私でしょうしね」




「「――あん?」」


 そこだけは譲らない、と言わんばかりに強い口調でそう言い切るメアリに、ディアとクリスティーナの顔色が変わった。それは正妃や側妃なんて小さな問題である、『誰がルディの寵姫か』問題の幕開けの合図だった。


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