第二百六十七話 上に立つ資質
クラウスの言葉に、エディ、アインツ、ディア――そして、クリスティーナが唖然とした顔を見せる。そんな、色んな意味で今までの流れをぶち壊すクラウスを見つめていた面々だが、いち早く冷静さを取り戻したのはやはりというか、この幼馴染一番の苦労人で非モテキャラを演じるアインツだった。
「……クラウス。お前、今までの話を聞いてなかったのか?」
「うん? 聞いてたぞ? クリスがルディの嫁さんになるには、ルディが王位に就いた方が都合が良いって話だろ?」
「それは……ああ、いや、間違ってはいない。間違ってはいないが、壊滅的に違う! クリスの輿入れ云々はいわば結果であって、目的ではない! 目的はルディの国王への即位だ!」
「いや、それも分かってるよ」
「分かっているならなぜ、『どっちでも良い』なんて言うんだ! お前だってルディの即位に賛成だったのではないか!? 違うのか! お前、まさかエディ派なのかっ!」
クラウスの襟元を掴んでぐわんぐわんとばかりに上下に振って見せるアインツ。そんなアインツに、クラウスがイヤそうに顔を顰める。
「やめろ、アインツ」
「止めろと言われてやめれるか!! 良いか、クラウス! お前――」
「揚げ物食ったばかりでそんなにシェイクされたら、普通に吐くぞ? 良いのか、お前。朝からゲロまみれになっても?」
「――……」
クラウスの言葉に、アインツは襟元から手をそっと離すと、そのままずさーっとクラウスから距離を取って心底嫌そうな顔でクラウスを見やる。
「お前……お前だって貴族令息だろう? 朝からゲロまみれなどと口にするな! しかも食事の場で、だぞ!? 少しは礼儀作法も弁えろ!!」
「どっちかっていうと食事の場で人の襟元握って上下にゆする方が貴族令息としてどうよ? って感じがしないでないけどな」
やれやれといった感じで肩を竦めて見せた後、クラウスは再度口を開く。
「最初に言っておくけどよ? 俺は別にエディ派でもルディ派でもねーよ。つうか前から言ってただろうが。どっちが王でも剣を捧げるに足る相手だって」
「そ、それは……」
「だからまあ、俺的にはどっちが王になっても良いんだよ。どっちが王になっても良い国になるだろうしな? だから、本当にどっちが王になっても良いんだけど……」
そう言ってクラウスはちらっとルディに視線を向ける。
「……本人にやる気がねーなら無理強いするもんでもねーんじゃね? とは思うぞ? そもそも、そんな人間が王になるのは、国自体が不幸になるからな」
クラウスの言葉に、アインツが口を噤む。そんなアインツに代わって、エディが口を開く。
「その理論はおかしいだろう? 兄上が王になりたくないと言っているのは分かるが……それなら俺だってそうじゃないか。王になるのは兄上の方が相応しいって言っているんだぞ? ならば――」
言い募るエディを手で制して。
「だがエディ。お前には『覚悟』があんだろ? ルディがどうしても王にはならないって言ったら、自身を全て犠牲にしてでも王位を継いで、この国を平和にして行こうっつう……そんな『覚悟』が」
「……そ、それは……」
アインツと同じように言葉に詰まるエディ。そんなエディに、クラウスは苦笑を浮かべて見せる。
「まあ、これはエドガーとかアインツ、それにルディにもわかんねーだろうなとは思う。究極、幼馴染の中じゃ俺とエディにしか分かんないんじゃねーか?」
「……それは、何だ? お前ら二人には分かって、俺達には分からないもの、とは。そして、それが王になるのに必要な資質なのか?」
「あー……王になるのに必要な資質かどうかは分かんないけど……まあ、人の上に立つのには大事なもんじゃねーかとは思うぞ?」
アインツの言葉に、クラウスは苦笑を浮かべて。
「簡単に言えば俺らは次男坊――嫡男じゃねーって事だ。それはつまり、最初っから『家を継ぐ』っていう所を……まあ、エディに都合の良い言い方すりゃ、免除されてるって事なんだよ」
「……」
「さっき言ってただろ? この国はなんだかんだで長子相続だ。そら、長男がよっぽど酷けりゃ別だろうけど……俺んちだって兄貴が継ぐしな」
押し黙るアインツとエディに、クラウスは微笑みかけ。
「ルディは決して王になる器じゃねー、なんていうつもりは微塵もねーよ。さっきも言ったけど、どっちが王になっても良いからな、俺は。あ、これはどっち『でも』良いって意味じゃねーぞ? どっち『も』良い、の意味だ。だからまあ……二人の内のどっちが王でも、俺としては構わねー。構わねーが……まあ、出来れば『やりたくない』っていう人間と、『やりたくないけど、それが国の為なら』って……責任っつうか……『逃げない』か? 逃げない人間ってのは、それだけで」
上に立つ人間として、重要だ、と。
「ま、俺には難しい事は良く分かんねーけどな」
そう言ってニカっとクラウスは笑って見せた。




