第二百五十三話 考え直すなら、今!
「あらあら、ごきげんよう、エドワード殿下! 今日も一段と辛気臭い顔をしておりますね? ああ、そうそう! 私、ついにルディと結ばれる様になりましたの! ええ、ええ、これも全て貴方が私に婚約破棄して下さったお蔭ですね! ほんとーに、ありがとうございます!! 貴方、私に『お前が婚約者なんて死んでもごめんだ』って言ってましたよね? お生憎様、私だって貴方が婚約者なんて死んでも御免ですわ!」
「……そうだな。おめでとう、クラウディア。無事に兄上を……そうだな、堕として」
「ええ、そうですね!! ルディはもう、私の魅力にメロメロですよ!! まあ? 私の方がルディよりも愛が大きいのは事実ですが……ですが! これからはもう、何の憂いもなくルディに愛を囁く事が出来ますよ!! あー、幸せです!! 本当に幸せですよ、エドワード殿下!! ほんとーに、ありがとうございます!!」
「……それは良かったよ。私も、婚約破棄をした甲斐があった」
「はぁーん? 何を『俺もいい仕事した!』みたいな恰好をしているんですか!! 貴方がしたのは公衆の面前で貴族令嬢に対して恥をかかせただけですよ!! 恥を知りなさい、恥を!!」
「……そうだな。私の手柄では無いな」
「ええ、ええ! エドワード殿下のしたことは『結果的に』私にとって幸せな事でしたが……結果だけ、です! もっと手順を踏むことも出来たのに……で・す・が! 貴方のその軽率な行いのおかげで私とルディの関係性は一気にショートカット出来ましたので!! ああ、よかった、貴方のオツムが残念でぇ!!」
「……そ、そうだな。俺のオツムが残念で、クラウディアが幸せになったなら良い事だ」
プルプルと震える手を拳に握りしめ、殊更に笑顔を浮かべて見せるエディ。そんなエディに、ディアはにっこりと笑顔を浮かべて。
「――ねぇ、今、どんな気持ちぃ~? 婚約破棄した女の子が、幸せになっていく過程を見せられて、今、どんな気持ちぃ~?」
「お前みたいな最低な女を兄上に押し付けて、罪の意識に苛まれそうだよ、ドチクショウめ!! 人が黙って聞いていればいい気になりやがって!! 表に出やがれ、コンチクショウが!!」
腰に右手をあて、左手を口の端に持っていき『おーっほほほ!』とまるで――というか、完全に悪役令嬢スマイルを見せるディアに、エディの額に青筋が浮いている。そんなエディとディアの間に挟まれて、クレアはおろおろと視線を行ったり来たりさせていた。
「く、クララちゃん! 流石に言い過ぎですよ! ほら、エドワード殿下の表情を見て下さい!! 血管、切れそうになっているじゃないですか!! それにこんな所でそんな事を言ったら――」
「あら? いいじゃないですか、クレアちゃん。どうせ此処には『事情を知っている』ものしかいませんし?」
「――……本当ですね? あれ? 皆さま、何時の間にどっか行ったんでしょう?」
「……私とクラウディアが一緒に居たからな。皆、気まずそうな顔で食堂を後にしたよ。クレア嬢は……その、バイキングに夢中で気付いていなかったみたいだが……」
エディの言葉に、クレアの顔に朱色が走る。そう、和気藹々と食堂でご飯を食べていた学園生たちだが、素晴らしい笑顔を浮かべたディアがエディの隣の席に陣取った瞬間、全員蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのである。『ふぉおおお! 美味しそうなものがいっぱいです!』と目をキラキラさせてバイキングに突入したクレアは全く気付かなかったが。
「お、お恥ずかしい……すみません、食い意地が張っていて」
「そんな事は無いさ。君が沢山食べる姿は見ていて気持ちが良い。ほら、もっとお食べ?」
「なんか田舎のおじい様が私に向ける目をエドワード殿下がしている気がする!」
そんなクレアを優しい――孫を見つめるおじいちゃんの表情で見つめた後、エディは視線をルディに移す。
「おはよう、兄上」
「おはよ、エディ」
「まあ、今の会話で分かると思うけど……聞いたよ。おめでとう、で良いのかな?」
「……ありがとう、エディ。うん、おめでとうであってるよ」
エディの言葉に、ルディは少しだけ気恥ずかしそうな笑みを浮かべる。そんなルディに、エディも笑顔を返しかけて。
「――本当におめでとうで良いのか、兄上? 今のクラウディア、見ただろう? アイツ、私に対してあんだけ煽る事を言う様な、性格の捻じ曲がった女だぞ? そうだな、よく考えれば、兄上みたいな優れた人間が、クラウディアみたいな外れくじを引かされるのは流石に間違っているんじゃないか? なあ、兄上? やっぱり考え直すか? 今ならまだ間に合うぞ!!」
その笑顔を引き攣ったものに変えてそう言った。




