第二百五十話 一夜が明けて。
それぞれ得るものと――まあ、一部失うものがあった面々の『肝試し』から一晩。昨日の――まあ、緊張やら披露やらでぐったりだったルディは、与えられた自室で泥の様に眠っていた。少しだけ体は重いも、頭はすっきり。そんな気分に少しだけ嬉しくなりながら、ルディはベッドから降りると身支度を整え、食堂に向かって歩く。
「……おっす、ルディ。おはよう」
「おはよう、クラウス」
ルディが廊下を歩いていると、別の個室から少しだけ眠そうなクラウスが顔を出す。ふわぁと大きな欠伸をしながらのそのそ歩いてルディの隣まで歩くと、もう一度大きな欠伸を一つ。
「……だらしないな~。もうちょっとシャキっとしなよ、シャキと」
「ふわ……わりぃわりぃ、ちょっと寝不足でな」
「なに? まさか『実は枕が変わったら眠れないタイプだ』、とか言うんじゃないよね?」
「言うと思うか? 近衛の演習では野宿とかして、枕が変わったらどころか、枕すらない状態で生活している俺が」
「……言わないと思う」
「だろ?」
そう言ってカラカラと笑った後、クラウスはルディに視線を向ける。そんなクラウスの視線に少しばかり居心地悪そうに身を捩らせる。
「……なに、その視線?」
「うん? まあ、なんだ? 俺の寝不足の原因はルディだよな~ってな」
「僕?」
真剣な顔でああ、と一つ頷いて。
「おめでとさん、ルディ。エカテリーナに聞いた。おめでとさん、で良いのかどうかはわかんねーけど……ま、ルディの事だから、クラウディアに同情して、とかじゃねーだろうしな」
一転、その顔をにこやかな――訂正、ニヤニヤした顔に変えるクラウス。そんなクラウスの表情の変化に、ルディの顔に朱色が走る。ポリポリと頬をかきながら、照れ笑いの表情を浮かべるおまけつきで口を開く。
「は、ははは……あ、ありがとう。その……まあ、クラウスの言う通りだよ。ディアに同情とかじゃなくて、ちゃんと僕はディアの事が好きだから」
それでも、堂々と口にするルディに、少しだけ眩しいものを見る様な目でクラウスはルディを見つめて笑顔を浮かべる。
「……そっか! それじゃまあ、良かったじゃねーか!」
「うん、ありがとう、クラウス。祝福してくれて」
「まあ、クラウディアにとっても幸せだろうし……勿論、エディにとってもいい結果だしな」
そういうクラウスに、ルディは少しだけ真剣な表情を浮かべてクラウスに視線を送る。
「……ねえ、クラウス?」
「ん? どうした?」
「その……エディってさ?」
もしかして……ディアの為に、『あんな事』したのかな? と。
「エディは賢い子だ。ディアが……その、僕の事を好きな事を知って、自ら身を引こうとしたんじゃないかな? ディアが自分と結婚するのが可哀想だって思って、それで……」
悲痛な顔をしてそういうルディ。そんなルディに、きょとんとした顔を見せたクラウスはその後にっこりと笑って。
「うん、それは無い!」
きっぱりと言い切った。
「なんで! だってエディだよ? エディならきっと、それくらいは気付くし……優しい子だから、ディアの為に身を引いたんじゃないの! ディアの幸せのために!」
「……あー……まあ、それはない、かな? どっちかって言うと、エディの『あれ』はエディの幸せの為だし……」
クラウスの脳裏に入学初日、『これでようやくあの悪魔から解放される!』とにこやかな笑顔を浮かべたエディの顔が浮かんで消えた。
「エディの幸せ……そっか。エディも可哀想だよね? 自分の事を好きでも無い人と結婚なんて……」
「そういう意味じゃなかったんだけど……まあ、それもあるかもな」
正確には、自分の事を好きでも無いではなく、蛇蝎の如く嫌っている、だが。エディだって王族、別に婚約者に愛は求めてはいないが、それでも命の危機と隣り合わせの生活はノーサンキューなのだ。
「もしかして……エディ、ディアの事を好きだった――」
「おい、それだけは絶対エディにもディアにも言うな。良いか? 絶対に言うな。これはフリじゃねーぞ? マジで、絶対に言うな。分かったな?」
何時にない真剣なクラウスの表情にルディもコクコクと頷いて見せる。そんなルディに、安堵の息を漏らして、クラウスはいつも通りの笑顔を浮かべる。
「ま、そんな気にするな。お前は今まで我慢ばっかりしてたんだから、少しくらいはこの状況を楽しめよ。な?」
「……うん」
クラウスにそう言われてルディは頷き、いつの間にか辿り着いた食堂の扉を開けて。
「――お持ちしておりました、ルディ!!」
「…………な? 少なくともあれくらい、能天気で良いんだよ」
ぺかーっと光り輝く笑顔を浮かべてルディの登場に浮かれるディアに、ルディも苦笑を浮かべて頷いて見せた。




