第二百四十一話 救世主クラウディア
「わ、私の好きと……ルディの好きは……ち、違う?」
「……」
茫然自失といった表情を浮かべてそういうクリスティーナ。そんなクリスティーナの言葉に、アインツは気まずそうについっと視線を逸らす。そんなアインツの姿に、カッとなったクリスティーナは尚も言葉を発す。
「なんで目を逸らすんですか、アインツ!! どういうことですか!! 私の好きとルディの好きの、何処が違うんですかぁ!!」
「お、落ち着けクリス。いや、少し言い方は悪かったかもしれない。好きが違うというか、好きの総量が違うと言うか……」
うがーっと詰め寄るクリスティーナに、アインツもタジタジ。そんなアインツに、もう一歩距離を詰める様にクリスティーナはずずいっと身を乗り出した。
「言いました!! ルディは言ってくれました!! 『今まで好きでいてくれてありがとう』って! 『これからは前向きに考えるよ』って!! それで、これを――」
そう言って首元から一つのネックレスを取り出して見せる。シンプルながらも品の良さそうなそれを大事そうにクリスティーナは両手で抱いて。
「――これを、私に下さったんです!! 『束縛したい』という意味を持つ、ネックレスを……ルディの手自ら着けて下さったんですよ!? これで私とルディの間で好きが違うはずは無いじゃないですか!! なに適当な事言ってんですか、アインツ!! 潰しますよ!?」
「いや、だから怖いって……」
「怖いってなんですか! 怖くは無いですよ! 怖くは無いですよ! ねぇ、ルディ!!」
アインツに向けていた視線を『ぐりん!?』とばかりにルディに向けるクリスティーナ。その瞳からはハイライトが消え、端的に言って無茶苦茶怖い。そんな視線を向けられたルディは返事の代わりに。
「ひぅ!?」
なんか変な息が喉の奥から漏れた。そんなルディに、クリスティーナは鼻息を荒くして近寄っていった。
「ね、ねえ、ルディ? 私の事、好きですよね? 嫌いじゃないですよね? 私の好きとルディの好きが違うなんてこと……ないですよねぇ!?」
「ちょ、クリス!? 近い近い!?」
慌ててクリスティーナと距離を取る様に後ろに下がるルディ。そんなルディの行動に、クリスティーナが少しだけ傷付いた様な表情を浮かべて見せる。そんなクリスティーナの表情の変化に、先程とは違う意味でルディは息を呑んだ。
「……そんなに、私の事が嫌いですか……?」
「……クリス」
「……確かに、私がやったことは許されないことなのかも知れません。ルディに迫ったのははしたない行為でしょう。ですが……私の『好き』と、ルディの『好き』は……」
――本当に、違うのでしょうか? と。
「……まだ、私は手の掛かる妹、なのでしょうか? 貴方の隣を歩きたいと、貴方に愛されたいと……そう思うのは……迷惑でしょうか?」
乞う様なクリスティーナの視線に、ルディはもう一度息を呑む。後、その息をゆるゆると吐きだした。
「……違うよ、クリス」
「それじゃ、やっぱりまだ私は妹扱い――」
「ううん。そうじゃない」
一息。
「……ちゃんと、クリスの気持ちは分かっているつもりだよ。そして……僕はその思いに応えたいと、そうも思っているんだ」
優しい微笑をルディは浮かべて。
「……クリスの事は勿論、嫌いじゃない。というより……その、まあ……好きだよ? でもさ? 流石に今まで……『妹』みたいに接していたのに、急にその……迫られたら……ねぇ?」
なんとも歯切れの悪いルディの言葉。ルディ自身もそう思っているのか、少しだけ照れくさそうに頭をかく。
「……ともかくさ? クリスの事はちゃんと好きだからさ? その……出来れば僕たちのペースで、こう……ゆっくり進めていけたらって思うんだ。その、僕も頑張るから。だから、今はもうちょっと……このペースで」
進めていけないかな? と。
「……」
「……」
「……つまり」
「うん」
「ルディはちゃんと私の事を好き。それも、妹に寄せる感情ではなく、きちんと女の子に向ける感情で」
「……恥ずかしいけど……うん」
「流石に今は私の想いに勝てる程の想いじゃないけど、これから向き合ってくれる」
「うん」
ルディの言葉に、クリスティーナは素晴らしい笑顔を浮かべて。
「――じゃあやっぱり、何の問題も無かったって事じゃないですか!!」
「――うん?」
なんか流れが変わった。
「ルディが私の事が好きなら無問題ですよ!! だいじょーぶ! ルディが私の事が嫌いなら問題アリアリですが、好きなら全然いいじゃないですか!!」
「話聞いてた!?」
「ええ、勿論! 今はまだそこまで好きじゃなくても良いんです。良いですか、ルディ? この世には『体の相性』というものがありますから!! 大丈夫!! ルディはじっとして天井の――ああ、此処はお外ですね!! 大丈夫!! ルディはそのまま、寝転がって星を見ていればいいですから!! イタイのは一瞬です!!」
そう言って満面の笑みで鼻息荒くじり、じりとにじり寄るクリスティーナ。そんなクリスティーナの行動に、ルディも同じようにじりじりと後ろに下がる。さして広くはない森、大木を背にしたルディの逃げ場はもう、ない。それでもにじり寄るクリスティーナに、ルディが覚悟を決めた様に目を瞑って。
「――そこまでしなさい、クリス。これ以上、ルディを怯えさせないでください。可哀想でしょう!?」
ディアという救世主が、現れたのだった。




