第二百四十話 距離を見誤った女
何を言っているのか分からない。そんな表情でクリスティーナは首を捻りながら、それでも口を開いて言葉を発する。
「アインツの事? い、いいえ? 普通に好きですよ? 大事な幼馴染ですし」
そこまで喋り、何かに気付いた様にクリスティーナはわちゃわちゃと両手を振って見せる。
「あ! も、勿論、幼馴染としてですからね!! 男性として好きなのはルディだけですから!! アインツに男性としての魅力はこれっぽちも無いですから! そこらへんに落ちている石ころとかと同じですから!! 勘違いしないでくださいね、ルディ!!」
ルディの方を見てそう弁明するクリスティーナに、ルディはちらりとアインツを見やる。『大丈夫?』と言わんばかりのルディの視線に半ば諦観の念でアインツは頷いて見せる。そんなアインツから視線をクリスティーナに戻し、ルディも『分かっているよ』と言わんばかりに頷く。
「ああ……良かったです、誤解されなくて……ちょっと、アインツ!! なんてこと聞くんですか!! ルディに誤解されたらどう責任取ってくれるんですか!!」
『きっ』とした視線をアインツに向けるクリスティーナ。流石に、少しだけアインツが可哀想である。
「……心配するな。お前が俺に興味の欠片も無い事は俺も……それにルディも知っているから。知っているからそんなに力いっぱい否定するな。いや、別にお前に男性として好かれたいとかではないが……ちょっと凹むから」
別にクリスティーナに好かれたい……のは好かれたいのだが、アインツとてそれは『幼馴染愛』以外の何物でもないのだ。そら、アインツだって幼馴染とは仲良しの方が良いのだから。だから、別にクリスティーナに男性として愛されたい訳では無いのだが、『一切、貴方には男性としての魅力を感じませんから!!』と言われると流石に傷つくのである。そんな悲哀の籠った瞳を一瞬見せた後、アインツはコホンと咳払いを一つ。
「あ、いや……その、済みません? さ、流石に言い過ぎましたか? で、ですが! わ、私は無理ですが、アインツだったら大丈夫ですよ!! だってアインツ、ルディによく似ているし!! お顔も――」
「それだ」
「――……どれですか?」
「クリス、お前は俺の顔を見てどう思う?」
「どうって……」
「整っているか、不細工か、イケメンか、吐き気を催す醜悪さか……まあ、何でもいいが、そのどれかで言えば、どれだ?」
アインツの言葉に、クリスティーナは首を捻りながら。
「ええっと……え? そりゃ、整っていると思いますよ? さっきも言いましたが、ルディによく似たイケメンだと思いますよ? イケメンだと思いますけど……それが、何か?」
クリスティーナのその言に、アインツは『うん』と頷いて。
「んじゃお前、俺に迫られて嬉しいか?」
「……は? 何言ってるんですか、アインツ。アインツに迫られて? 嬉しい訳ないじゃないですか? 私の言ったこと、聞いていました? 貴方には一切、男性としての魅力を感じていた訳では無いんですよ? そんな貴方に迫られて? 嬉しい? はーん? 何、寝ぼけた事言ってるんですか? 潰しますよ、ガチで?」
ハイライトの消えた目でじっとアインツを見つめるクリスティーナのその視線に、思わずアインツがぶるりと身を震わせる。
「……怖いよ、お前」
ガチで。
「まあ、お前が怖いのは今更だが……そうだな? 今、お前が言った通りだ。俺が……俺が思ってるんじゃないぞ? お前が言ったんだからな、俺がイケメンって?」
「予防線を張らなくても別にアインツがナルシストとは思っていませんから」
「なら良い。俺が『イケメン』だからと言って口説かれて嬉しい訳じゃ無いんだろう? それと一緒だ」
ただしイケメンに限る、ではない。たださなくても、イケメンでも許されない、である。そんなアインツに、クリスティーナはふんっと小馬鹿にした様に笑って見せる。
「なにを言っているんですか、アインツは。それは私がルディの事が大好きだからですよ? ルディの事が大好きだから、アインツに口説かれても嬉しくないんですよ? これがルディだったら私は大喜びでおした――」
そこまで喋り、クリスティーナの口が止まる。そのまま顔を青くし、冷や汗をだらだらと垂らして見せる。クリスティーナは……ちょっとそうは見えないかも知れないが、決して馬鹿ではない。むしろ、知性に光るものがある。今はちょっと、恥性が出過ぎちゃってるだけなのだ。
「気付いたか」
冷や汗を流すクリスティーナに、アインツは憐憫の情を込めた視線を向ける。
「……お前が俺に口説かれて嬉しくない様に……ルディもお前に口説かれても嬉しく無いんだ……お前の『好き』と……ルディの『好き』は……」
違うんだよ、と。
まるで幼子に諭す様な言い方をするアインツに、クリスティーナの顎が落ち、美少女がしちゃダメな表情を浮かべた。




